Closer
- 疑惑の恋人 -

20061103

4.

 

 私は朱美ちゃんを助手席に乗せ、愛車で京都に向かった。
  京都府警では柳井警部が迎えてくれ、話を聞かせてくれた。
「再度確認しましたところ、火村先生の辞職届けは受理されていませんでした。その理由の一つは先生の手から提出されていたものではなったこと、助手と呼ばれている生徒が持ってきたそうですので」
「じょしゅ?」
「ええ。『火村先生の助手』と名乗っていましたが、事務員たちにも心当たりは無く、火村先生の助手の方にも確認しましたところ、「承っていない」との事でした」
  火村の助手の女性はきっちりとした女性で、火村の辞表を代わりに提出すると言うような軽率な事は間違ってもしないしっかりとした女性だ。
「まあ、そうやな。あいつの助手ってあの彼女やもんなあ」
「ええ、あの人です。だからありえないのですよ。あの人が『では、先生の代わりに提出しておきます』って」
「まあ、そうやね。彼女やったら自分で出してくださいって言い捨てるはずやな」
「で、事務員は不思議に思わんかったんかな」
「そこなんですよね。手が込んでいるように見えて隙があるんですよ。受け取った事務員もまさか退職届だとは最初は思わなかったようです。学校長に手渡す書類の整理をして不審に思ったようです」
「万が一にでも火村が犯罪に手を染めるようなことになった場合にはそんな隙は見せないやろうなあ」
「ええ、完璧な完全犯罪をやってのけるんじゃないでしょうか」
「でも、あいつは犯罪者にはならんよ」
「ええ。で、今は無断欠勤を有給消化として処理されているようです。多くの大学関係者は火村先生を信じていらっしゃるのですね」
「まあ、大学にしたら大学から犯罪者出したくないもんなぁ」
「本音はそうかもしれませんが」
「でも、あいつは潔白や」
「はい」
「私情をはさむべきでないと思っていますが、火村先生は潔白です」
  人のよさそうな警部の顔がキッと引き締まった。
「で、有栖川さんがおっしゃる火村先生を発見した場所ですが、高瀬家の墓でした」
「高瀬?」
  聞き覚えのない名前だった。私の知り得る限りの話ではあるが。そう思い首をかしげていると、警部は捜査状況を掻い摘んで話してくれた。

 

 火村の退職届の提出の件で助手ではない人間が、助手に成り代わって火村の退職届をでっち上げ提出した事で、捜査員がとある女性の写真を大学事務員に見せたところ、事務員の顔色が変わったという。火村名義の退職届を持ってきていたと見られる女性の写真だった。
「柳井さん、その写真の女性は?」
  いつのまにか助手に扮した女性が判明していたということだ。
  柳井警部は背広の胸ポケットから一枚の写真を出してきた。
「ああ、有栖川さん、この女性は刺殺された男性『宇津木健一』の恋人で、遺体の第一発見者ですよ。火村先生が何も話さないおかげで難航していますが、色々と不審な点が出てきてましてね」
  写真を受け取り、朱美ちゃんに見せてから警部に返した。
  警部は写真を手帳にはさんで胸ポケットに再び戻し、そして、失礼していいですか?とタバコを取り出し、火をつけた。
「不審な点ですか」
「ええ。この女性がなぜ火村先生の退職届を提出しようとしたか。そしてどういう目的で」
「電話などで火村先生を装って引越しの手配などの電話していたのが宇津木健一だというのは確認取れました」
「警部、これはあくまでも当てにならない推理小説家の推測なんですけど、その殺された『宇津木健一』って言う男性は病気を患っていませんでしたでしょうか」
「ほほう。あたりですよ。検死の結果、宇津木健一は悪性の脳腫瘍で余命3ヶ月と診断されていました」
  私は恥を承知で思いついた推理を言ってみた。
「そうですか。では、殺害された『宇津木健一』の遺体を発見し、火村の退職届を語増資提出しようとしていたという女性、沢海修子ですが、過去に火村が捜査に協力していた事件となんら関わりはありませんでしたでしょうか」
  柳井警部は目を見開き「よくお分かりですね」と笑った。
「やはり」
「沢海修子の家族は火村先生によって暴かれた事件の加害者です」
「そうですか」
「事件の内容を聞いても大丈夫なのでしょうか」
「沢海修子、旧姓は高瀬修子の父親と年の離れた兄が家族を守ろうと引き起こした事件になります。火村先生の身柄を確保された場所は沢海修子の家族が眠る墓前でした」
  結局、火村はすべてお見通しやったわけだ。

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