Resistance



 同じ魂は二つと無いけれども、失われた魂は細胞分裂のように別れていく。
 あなたと似た魂はどこかに存在して、あの人と元は同じだった魂はどこかに存在している。
 
 惹かれあう心は別れた魂が呼び合っているのかも。
 惹かれあい安らぎを得るのはそう言う事なのかも知れない。

 失った半身。
 求め合う魂。

  

 








1.みんな、心にナイフを忍ばせ生きている


1-1

 一日一回必ずと言って良い程に毎日同じ時間にやってくるスコール、バケツをひっくり返したような重たい雨粒が、ほんの数分間だけ降って来る。人々の足がスコールの間の数分間だけ止まり、メインストリートともいえるオーチャードロードが静かになる。

 常夏の国の午後。

 スコールが止むと人々ガ再び動きはじめる。
 風は様々な香りを運んでくる。
 果物の匂い、潮の匂い、通りを行き交う人々の汗の匂い、雨上がりのアスファルトの匂い。雨上がりの街に潮の匂いと湿った土の匂いとともに、南国の湿った風がビルの谷間を吹き抜けてゆく。
 夏しか知らない国。
 異国から来た人間たちは夏しか知らない子の小さな国に半ばうんざりしながら故郷の季節の話に花を咲かせる。
 四季がある国。
 冬と春がある国。
「今年は桜の開花が遅かったらしい」
「初雪が遅かったらしい」
「雨季突入が早かった」
「日照りが続いて水道の使用制限が…」
「暖冬でスキー場が…」などと、『夏』という季節には触れようともせず、春や冬、秋などの季節を故意に口にしている。
 どこの国の人間でも異国の地にいるとなぜか故郷が恋しくなる。そして、異国の地で自分たちの故郷を作り上げてしまう。

 ――擬似故郷――ニセモノ。

 違う肌の色、髪の色、違う言葉、文化も何もかもが混ざり合った中、調和が保たれている中でその民族だけが頑なに自分たちの社会を作り上げようとしていた。
 融合するのが常であっても、自分たちが何処の民族よりも優れているのだといわんばかりに小さな社会を作り上げてしまう。
 民族差別などないに等しい国の中でも、驕り高ぶる民族だけがかたくなな小さな社会を作り上げてしまい、自分たちのめがねにかなう人間でなければならいと言うように他のものを寄せ付けない空気を作り出してしまった。
 その小さな多民族国家の中にあるニセモノの社会からはじき出されてしまった少年がいた。
 擬似故郷なる社会を作り上げていた大人たちから異端視され、『不良』、『異端児』などと勝手なレッテルを貼り、挙句の果てに彼を排斥してしまった。
 思い上がった大人たちは、少しでも自分たちの意に添わないモノを次々の排斥していく。何もかもが自分たちの地位と財力などで思い通りになると信じて疑わない。
 思い上がりと思い込みの激しい大人たちによって、彼らの築き上げたニセモノ社会からはじき出された少年は『JAPAN』と金字で印刷された紺色のパスポートを持つ異邦人となった。
 
 
 真の異邦人となった少年は日曜日の午後のオーチャードロードを、JESUSが十字架を背負って歩いているようにギターを背負って足取り重く歩いている。ほんの少し茶色い長めの前髪を左手でかきあげると、切れ長の目が空に広がる入道雲を捕らえた。
 彼の手には何枚かのコード進行が書かれた譜面と2冊のノートが握り締められていた。
 日曜日のオーチャードロードは人々で賑わっており、ウィンドーショッピングや、カフェやファーストフードのテラス、路樹傍のベンチ、植え込みや花壇に腰を下ろして談笑していたり、本を読んでいたり、昼寝をしていたり、単に大通り周辺を屯していたり、人々は各々に休日を過ごしている。
 創設者がクリスチャンのために日曜日休業の上層部がホテルの緑の屋根瓦のエキゾチックなデパートの前ではたくさんの若者たちが屯していた。
 そのデパート前の大通りに面しMRTの入り口近くに少年は腰を下ろした。
 バイトまでの時間をそこで費やすことがここ2週間の彼の日課となっていた。
 ギターをケースから取り出し、静かに弾き始めた。
 少年が腰をおろした場所から2、3メートル離れた場所にある街路樹の下には幾つかの花束と缶ビールや缶ジュースが供えられていた。

 ほんの些細な出来事から起こった悲劇。

 花束の主は少年にとってかけがえのない人だった。
 何ものにも変えがたい人だった。
 大切だった。
 失くしたくない人だった。

 少年は彼が死んでから毎日この場所でギターを弾くことにしていた。
「俺にできるんはこんなことだけや。お前が残した歌を俺が引き受けるから。しっかり耳かっぽじって聞いとけ」
 少年は静かにメロディを奏で始めた。
 彼が歌う歌は英語であったり、日本語であったりするが、どちらの言葉でも伝えたいことは同じで『現実』と『拘束』もしくは、『規則による束縛』に対しての反抗と『自由』への『解放』であった。

 ――― Sick of any and all restriction. ―――


 金髪碧眼の白人がいて、ビンディを額に付けサリーを身にまとうインド人がいて、髭を蓄えミシュラバを羽織ったアラブ人がいて、英語と中国語あるいはマレー語、インドネシア語を巧みに操るネイティブがいるこの多民族国家で、少しばかり髪の色を抜いただけで、ピアスホールを開けただけで、Dr.Martinとギターをこよなく愛する少年が多民族国家の小さなひとつの安っぽいギルドから弾き出されてしまった。
 そう、彼を追い出したのは思い上がった大人たち。
 自分たちが勝手に自分たち自身のことを『常識人』と勘違いし、思い上がった大人たちの狂った常識のかなに『音楽=不良』、『パンク=協調性がない』などとインプットされているためか、勝手な価値観で少年の外見や内面をも否定してしまった。
 少年は逆らっていたわけでもなく、かといって大人しく真面目な方でもなかったが、純粋に音楽が好きなだけなのに、大人たちの少年に対する態度は日々変わっていった。
 きっかけは少年の両親の異動。
 自分の大切な人がいる国に残りたいと両親を説き伏せ、一人南国の地に残ることになった。
 少年の両親がいた頃は思い上がった思い込みの激しい大人たちは、少年の両親に対して必要以上に諂っていたが、少年の両親が去ると、手のひらを返すようにして態度が一変した。
 必要のないもの、少年は疎外されたのだ。
 自分を勝手な大人たちから守ってくれていた人を失い、行き場のない思いを抱えたまま迎えた17の夏。
 少年は大人と子供の狭間で苦しみ、矛盾の海に溺れそうになりながらも這い上がろうとしていた。

 慎也17歳。

 

 

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