Resistance


1-3

 クアラルンプールからペナン島へ、愼也は一週間のバカンスを南の島ですごした。
 のんびりと、シュノーケリング、ウィンド・サーフィンなど、パンク的風貌の愼也
にはそぐわないマリンスポーツを楽しんでいた。
 現地のガイドや、マリンスポーツのインストラクターをしている少年達と知り合い
になり、色々な遊びや、マレー語を教えてもらっったりもした。
 エメラルドに輝く海に、コバルトブルーの空。
 夕暮の空はオレンジ。
 同じ南国でも、シンガポールとは空気が違う。
「帰ったら、髪の毛でも切ってみようか」
 脱色した自分の前髪を手で引っ張ってみた。金色に光る髪の毛は束になって千切れ
ていった。
「痛んでるよな」
 きらきらと輝きながら風に飛んで行く愼也の髪の毛。
 もともと傷んでいたうえに、潮風と海水のせいで、さらに傷んでいる。
 髪をかきあげ、今までの色々な雑念を振り切るように、頭を左右に振り、そして、
夕日で黄金に輝く海に背を向けた。               

あいつが死んだ。


 悲しみは突然にノックもせずに、土足で押し入ってきて愼也を打ちのめす。
 一人旅から帰ってきた愼也を待っていたのは、悲しいニュースであった。
 "あいつ"は愼也にとって良き理解者であり、同じ志を持つ仲間であった。
 自分の言いたいこと、自分の探していた答え、"あいつ"は愼也がまごついている間
にいとも簡単に探し出してしまう。口数の少ない愼也の代わりに、"あいつ"は愼也の
気持ちを一つの間違いもなく汲み取ってしまう。まるで以心伝心の双子のように。
 その双子のような親友をなくしてしまった。
 今までそこにあったものが突然なくなる。
 今まで傍にいた人がいなくなる。
 今まで重い心を支えていた太くて丈夫なはずの柱が、音をたてて崩れていった。愼
也はそんな気持ちを抱えていた。

 "あいつ"の葬儀は愼也の旅行中に行なわれ、後日"あいつ"の家族は日本へ退き払う
ことになった。
 "あいつ"の家族がシンガポールを退き払う前日、"あいつ"の母親が愼也の部屋を訪
ねてきた。母親は"あいつ"が使っていたギターとベース、そして、詞とメロディが書
き込まれた2冊のノートを愼也に貰ってほしいと手渡しにきたのである。
 愼也の手元には"あいつ"が使っていたギターとベースと2冊のノートが残った。

  僕らがまだまだ若くて 感情的だった頃
  大人なんて
  重たい足枷が増えていくものだと思っていた

  規則で縛られる事になれすぎた
  規則どおりじゃないと生きていけない
  自由が欲しい
  規則なしじゃ生きて行けない

  自由の前に規則がある
  規則の上に自由
  大人になれば何でもできる
  規則のうえの自由

   僕らがまだまだ若くて 単純だった頃
   大人になれば
   自由に生きれると思った
   重たい鎖を断ち切って 自由になれるんだと

                         
 愼也と"あいつ"の友人の一人が電話をかけてきた。
「集まらないか?"あいつ"が死んでから一度も集まってないんだ。悲しくなってしまうけどさ、追悼会みたいなのやろうってさ」
 その一言でバンドのメンバー+∝が集まり、会場もいつも使っていたスタジオを特別に一日借り切ることが出来た。
 愼也たちは"あいつ"が好きな歌、残していった歌、数々の歌を声が枯れるまで歌った。 弦が切れようと、指が切れようとも、歌い続けた。

 人通りの多い日曜日の真昼のオーチャード・ロード。
 ショッピング・アーケードの入り口付近で、左の胸を鋭いアーミーナイフで一突き。
 胸に刺さったナイフが抜かれるのと同時に、大輪の薔薇が咲いたように路上に飛び散った"あいつ"の血。
 嬌声とざわめきの中、深紅の薔薇の中に倒れて、そのまま息をしなくなった"あいつ"。
 ほぼ即死だったらしい。
 それが救い。
 苦しまなかった。

 "あいつ"を刺した男は愼也が旅行から戻ってきた翌日に逮捕された。
 動機は、五十年も前の第二次世界大戦時、シンガポールが昭南島と呼ばれていた頃、彼の家族が目の前で日本軍に惨殺され、自身もまた、身体と胸に消えない傷を負った。
 五十年経った今まで、彼は日本人と誇らしげに名乗る人間に対し憎悪を抱き、懐にはナイフを忍ばせて街を通り過ぎる日本人を横目に暮らしてきた。
「この前の新聞にさぁ、ちょこっと載ってたんだけどさ、"あいつ"が殺された理由が書いてあったんだ。何でも"あいつ"が"日本人"って言うだけで、それも男にぶつかっただけらしい。"あいつ"は謝ったらしいけど、男が素早くナイフを取り出して"あいつ"の胸を刺して、逃げたんだってよ。奴が血塗れで逃げていくとこを何人も目撃していたらしい」
 友人の話を聞いていた愼也の脳裏に、数年前に本で話題になった出来事がよぎった。
 ほんの些細な事から大事に発展してしまった事件。
 電車の中でヘッドホンで音楽を聞いていた少年に、中年の男が『音が大きい。』と注意したところ、少年が因縁をつけ、中年の男が逆上し、少年を殴り、蹴り、少年が倒れたときの打ち所が悪かったらしく、その後死亡した。
 平凡な日常の些細な出来事。
 "あいつ"が男にぶつかったのも些細なことである。
 もしも、あの日、あの場所にいたのが"あいつ"ではなく俺でも、刺れていたに違いない。"あいつ"を刺した奴にとって、日本人は敵でしかなかった。ぶつかったのがたまたま日本人の"あいつ"だったから、胸元に忍ばせていたナイフを出した。日本人じゃなかったら、奴はナイフを出したのだろうか。等と考えながら、愼也は雨に流されて消えていく"あいつ"の流した血の跡を眺めていた。
「お前が逝ってから四十九日。初七日の次の日にお前のおふくろさんが、俺の所にきて、お前が大事にしていたギターとベースを持ってきてくれたんだ。それと、ノートな。でもよ、俺がギター貰ってしまったら、お前があっちでギター弾けなくなるから。って言ったのに、おふくろさん俺に渡したほうがお前が喜ぶって言ってさ、それで、お前のギター貰ったよ。大事にするからさ」
 そういって花束を街路樹の根元に置き、古いギターピックと新しいギターピックを花束の所に投げ、缶のタイガービールを供えた。
「俺に出来るのはこんなことだけだ」
 そういって、花束を置いた所から近いMRTとデパートの入り口に腰をおろした。
 ギターの弦を張りなおす。音叉が哀しげで澄んだ音色をたてる。
「お前の墓は日本にあるけどさ、今の俺には日本に帰る余裕がないんだ。友達思いのない奴だなんて言わないでくれよな。日本に帰ったら、真っ先にお前んとこに行くから」

 ギターを弾き始めた。
 愼也の歌声は、バケツを引っ繰り返したように降りしきる雨の音にかき消されていく。
 喉が張り裂けそうな声で歌っていても、水飛沫をあげてオーチャード・ロードを行く車の音にギターの音と声は奪われていったが、愼也は演奏を辞めようとはせず、ひたすらギターを弾き歌い続けた。




2−1に続く

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1部はかなり昔に書いていた話。
2部からは今から書きまっする。
構想事態はありますので。

この話を考えた当時はヘビメタがめっちゃ好きで、Skid Rowの『18 and life』がヘビーローテーションだったかな。
ヘビメタのギターで泣きのギターが好きだったのです。
ヘビメタじゃないけど、ゲイリー・ムーアのStill Got The Bluesも結構好きでした。この曲もギターが泣いてくれてます。


18 And Life Lyrics

Ricky was a young boy, he had a heart of stone.
Lived 9 to 5 and he worked his fingers to the bone.
Just barely get out of school, came from the edge of town.
Fought like a switchblade so no one could take him down.
He had no money, noo, no good at home.
He walked the streets as soldier and he fought the world alone
And now it's

18 and life, you got it
18 and life, you know
Your crime is time and it's
18 and life to go
(repeat above)

Tequila in his heartbeat, his veins burned gasoline.
It kept his motor running, but it never kept him clean.
They say he loved adventure, "Ricky's the wild one."
He married trouble and had a courtship with a gun.
Bang Bang Shoot 'em up, the party never ends.
You can't think of dying when the bottle's your best friend
And now it's

chorus

"Accidents will happen", they all heard Ricky say
He fired his six-shot to the wind - that child blew a child away.

chorus