Hung Over
20011031UP


 

 

 ………?

 ……………?!

 

 おい、アリス、おい、って、俺のを握ったまま寝るんじゃねぇ!

 火村は声にならない声で唸った。
 しがみ付いて離れないアリスを引き離そうと試みるが、アリスは火村のものを握ったまま安らかな寝息を立てている。時折、にたあと笑い、火村の名前を呼んでいる。
「痛!」アリスが力いっぱい握り締めている所為で、火村は鬱血し、痛みに顔がゆがんでいる。しかし、アリスは幸せそうな夢を見ているのだろう。さっきからずっと笑っている。
「おまえ、俺のを握りながらどんな夢を見てるんだよ…」火村の呟きは半分泣きが入っていた。

 火村はアリスの指を一本一本丁寧に外していく。アリスは人の手を綺麗だと言うが火村に言わせれば、アリスの手の方が数段綺麗だと、自分の手より少し小さく薄く桜貝のような爪と、繊細な指先。そんなたおやかな指が火村自身を色が変わるまでに力をこめて握り締めている。
 解きおえた火村は近場にちょうどいいものが無いかと見回すが、見当たらないので、とりあえず、そのままにしておく。
そろりと、アリスを起こさないようにベッドを抜けだし、乱れた服を直し、サイドテーブルのカードキーを取り部屋を出た。
 
 静かな空間にはエレベーターの到着を知らせる微かな音と、静かなクラシックが聞こえてくるだけ。一部屋一部屋の気配が全く感じられない。
「ホテルの防音は最高なんだな」などと考えながらエレベーターのボタンを押す。
  
 深夜ではあるが、フロントにはちゃんと深夜シフトの従業員がいて、エントランスは昼間や夕方ほどではないが、人の出入りがあった。
 落ち着いた明るさに調節された照明のロビーのソファに腰を下ろし、胸ポケットに入っているはずのタバコをまさぐるが、くちゃくちゃのパッケージが、入っているだけで中身はすでになくなっていた。売店や自販機が無いか探して見たが見当たらないので、フロントで聞くことにした。
「タバコを売っているところはありますか」
 深夜2時。売店が開いているわけも無く、半ば諦め加減に訪ねてみたら、
「売店でしたら、うちは24時間やっておりますので、ご利用ください」と、売店の方を指差した。「エスカレーターは止まっていますが、階段を上がられまして、左の方にございますので、そちらではんばいさせていただいておりますので」と、丁寧に教えてくれた。
 深夜にもかかわらず、ホテルの従業員の青年は満面の笑顔で会釈をした。
「ありがとう」火村は口の端だけを挙げた笑顔を返した。

 教えてもらったところにこじんまりとした小さな売店があり、外資系のホテルだけに英字新聞やペーパーバッグ、輸入物のキャンディなどが置いてあった。タバコの銘柄にも困ることはなく、火村はいつもの黄色いパッケージを3つ取ってもらい、暖められている缶コーヒーに目をやる。
「缶コーヒーも2本くれ」と、店員に伝え、金を払い商品を受け取る。
 猫舌ならず、猫身体な火村は暑いものを持つのも苦手で、缶コーヒーをジャケットに包めて丸めたまま運ぶ。
「あちち」
 
 火村が部屋に戻ると、アリスは先ほどと寸分も変わらない体制で寝ていたが、先刻まで握っていた手が手持ち無沙汰な所為なのか妙な具合に動いている。

 にょごにょご。

 牛の乳でも搾るかのように……そして、にたあと笑う。
 火村はそんなアリスを見て、吹き出しそうになる。
「ばかだ、こいつ」
 嬉しそうに何をしてるんだ。 

 俺のを揉んでるのか?
 
 火村は買ってきた缶コーヒーを開ける。
 ぷしゅ。
 カフェオレ、甘さ控えめと書かれている。
 レギュラーとかかれているもう一本を「ほらよ、手持ち無沙汰なんだろ」と、火村はそれを妙な手の動きをしているアリスに握らす。
 アリスは安心したのか、妙な指の動きをせずに缶コーヒーを握り締め頬擦りし、またもやにたあと笑い、幸せそうな寝息を立て始めた。
「ガキとおんなじ」火村は呟く。
「しかし、お前、どんな夢見てるんだ…」
 かってきたキャメルを一本取り出し、火をつける。
 
 

「つめた?!」
 アリスが目を覚ます。
 握っていた冷たくなっている缶コーヒーを見つめるアリス。
「なんやこれ?」首をかしげるアリスの背後からバリトンが響く。

「俺の下半身」

 長い手がアリスに回される。
「なあ、何で俺こんなもん握って寝たんやろ」と、火村のほうを向く。
 体温のなさそうな男なのに、心地いい体温(温もり)を持っている。
「や、だから、俺の下半身」と、アリスの耳朶を甘噛みし、うなじにキスをする。
「おまえ、どんな夢を見てたんだ?」と、火村はアリスを包み込むように両手を前で結ぶ。
「夢?」
 アリスはきょとんとするが、瞬時に顔を赤らめる。
 ばつが悪いのか、アリスは火村に背中を向け、「あんなに大きないっ!」と大声をあげ、「ごまかすなよ」と、火村はアリスを後ろから抱きしめ、耳もとで甘い声で囁く。
「昨日の醜態を思い出したんだろう」と言われ、アリスの耳が赤く染まっている。

 酔っ払った挙句に、火村を誘惑した。

 誘惑。
 
 自分から誘った。
 
 それは確かにそうだ。夢じゃない。あれは、夢、じゃない。

 しかし、いつもの情事の後のような倦怠感はない。そのかわりに酷い頭痛が襲ってくるが、下半身にいつもの違和感が感じられない。

 やってない?

 ベッドの上にあぐらを組み首を傾げるアリス。

「やってねぇよ」と、火村がベッドから出る。しわくちゃのシャツを脱いで上半身裸になり、アリスの頭を撫でてバスルームに消える。
 アリスの顔がますます赤く染まる。思い出したのは火村に奉仕したこと。
 生々しい記憶が蘇る。
 煽るだけ煽り、寸前で眠りこけた自分。
 それも、握り締めて…
「これなぁ…」
 冷めた缶コーヒーを眺める。
 握り締めていたのは火村のもの。
 沸点に達するぐらいに顔が赤く火照っている。
 恥ずかしくて、情けなくて…火村に申し訳なくて…だけど、朝まで一緒にいてくれた。
「ごめんなぁ…」
 アリスは火村の後を追いバスルームに入っていく。

 

 

「ふ……ん…」
 そう広くないバスルームで2人が絡み合うように抱き合い、水の流れる音にまぎれて、アリスの艶やかな吐息が聞こえてくる。
「ひむ…ん……」

 火村はたっぷりの泡をアリスの胸元になすりつけ、優しく愛撫する。
 壁に手をつかせ、腰を突き出すような体制を取らされているアリス。

 淡く色づいた乳首。
 首を擡げたアリス自身。
 愛撫に刺激され、火村を求めて疼く後ろを火村は優しく泡と一緒に愛撫を施す。
「なあ、おれ、もう、立っっとられへん…」
 たまらなくなり、壁を叩くアリス。
 火村はアリスを抱きかかえ、バスタブに浸かる。
 程よく泡立てられたバスバブル。
 湯が波打つ度に、柔らかく仄かな芳香が広がる。
 火村の手によって翻弄されるアリスはバスタブの中で、火村にもたれ掛るように見を任せている。
 
「あ…あかんて……やぁ…」
 アリスは湯の中で後ろを火村の指を穿たれ、広げられ、進入してくるおぞましい水の動きを己の中で感じ身をよじる。
「やめぇ……ひっ…」
 すでに立ち上がった逞しい火村のものを感じ、1本、2本と増やされる指にアリスはもう耐えられないと、懇願する。
「なぁ…勘弁してぇやぁ……」生理的な涙を流し、潤んだ目で火村を見る。
「……っ!」アリスが自ら火村の屹立したものに手をあてがい、火村を受け入れられるところへと導く。
「お、お前…」初めてのアリスの行動に目を白黒させるが、すぐにチシャ猫のような意地の悪い笑みを浮かべ、アリスの腰に手を回し、強引に引き寄せ挿入する。
「ふっ…う…っ…」眩暈を起こしそうな異物感と強烈なまでの存在感がアリスの中を満たしてゆく。そして、自分のものを火村の指で戒められ、いく事が出来ないままに、火村のグラインドが激しく絶え間なく続き、アリスは余裕など無く、かすれた声しか出すことが出来なくなっていた。  
 永遠とも思える火村の律動にアリスは成すすべもなく「いかせてぇなぁ…」と何度も何度も訴えるが、火村は容赦なくアリスに腰を打ちつけた。
 そして、アリスがしゃくりあげ始めた頃に、「いけよ」戒めを解かれ、火村の声が起爆剤となって、アリスは一際高い声をあげる。
「あぁん……ひ…火村ぁ…」火村の名前を呼びながら与えられる快感に翻弄されながら、最後の最後まで、火村にしがみ付き、意識を飛ばした。

 

 


「有栖川センセ〜」
 部屋の外ではアリスの編集担当者が半泣き状態で立ち尽くしていた。
「チェックアウトの時間なんですけど…」
 しかし、扉には「Do Not Disturb!」と、札が掛けられている。
 部屋の中ではのぼせて気を失ったアリスがベッドに伸びている。
 助教授はというと、さっぱりした顔で鼻歌を歌いながら、ルームサービスで借りたアイロンと、部屋に備え付けのズボンプレッサーでアリスの一張羅と、自分の服の皺のばしをしている。それも、上機嫌、その上パンツ一枚で……だから、片桐の半泣きの声に応じることが出来ないのだ。

 



 
す、すんまへん…えらい中途半端で…


 

 
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