Hung Over
20011008UP 20011031Revised


「なにぃ…朝井さん、今開けるから」と、チェーンを外すアリス。
 アリスがドアのチェーンを外し、全開すると、さっき電話で話していた火村が目の前に立っていた。
眼が点になっているアリス。
「ひ、ひひひ、火村ぁ?」と、我に帰り、ドアを閉めようとするアリス。
 ドアの間に足を挟みドアが閉じられるのを防いだ火村は、ドアを力任せに開ける。
「ひでぇな」と、部屋に入り、オートロックが締まりきってからドアチェーンをおろした。
「な、何で君ここに居るん」と後ずさりするアリスに、火村は詰め寄っていく。
「そりゃお前がここにいるんだから、俺がいてもおかしくはないだろう」とチシャ猫の笑み。
「さっき電話したとき、白川におったんと違うんか…」ベッドに倒れるアリス。ベッドの上にはホテルに置いてあるミニボトルのリキュール類が転がっていた。そしてサイドテーブルの上には、空になっているウィスキーのボトルが2本。
「お前…これ全部自分で飲んだのか…」と、惨状を見て呆れる火村。
「なあ、何でここに居るんや…」と泣きが入るアリス。
 亡き上戸か…
 火村は本日何十回目かの溜息を漏らす。
「片桐さんと朝井さんがお前を心配して、俺を呼んだんだよ」とアリスの横に腰を下ろし、目を潤ませているアリスの頬に、髪に触れる。
「聞いたんか…」こぼれそうな涙をシャツの袖で拭う。
「ああ」
 

 ベッドに腰掛け、ぽろぽろと涙を落とすアリス。その横にはアリスの背中を優しく叩く火村がいた。
「むっちゃ悔しかってん」ひざの上で拳を握る。
「俺の本ほめてたんやなかったんや、俺こんな顔嫌や」何回も、頬を叩く。
「なあ、火村、俺の書くもんはそんなに下らんのか」と火村の襟首を掴む。
 ぼろぼろ。
 涙を流すアリスに火村は無言のまま。
「いつもきみは下らんて言うてるやんか、ほんまに、ほんまに下らんもんやってんな」ベッドに突っ伏してしまった。おーいおーいと漫画のような泣き声。大袈裟なアリスの泣く姿に吹き出しつつも、「ほんとにくだらねえと思ったら読まねぇよ…」と酔っ払いアリスには届かない呟きが火村の口からこぼれる。
「いつまでもぐじぐじ泣いてんじゃね―よ」と、アリスの頭をくシャリと撫でる。
 火村はコートを脱ぎ、シャツのボタンを外し、くつろがせる。
 カウチに座り、テーブルの上のボトルに手をのばす。
「おまえ、本当に全部飲んだんだな」絶句する。
「うん、でも半分以上出してもた」と乱れたい服のまま布団に潜り込もうとするアリス。
暗褐色のボトルをライトに当てる。残っているのは本の数滴。
「そりゃ、こんだけ飲みゃ、な」
 散らかされた部屋を片付ける火村を薄目で確認し、アリスは大きめの枕に抱きつくように丸くなって寝ようとするが、火村はアリスを揺すり起こす。
「アリス、服のままで寝るな、皺になる」
「ねむいんや、寝かせてぇな…ほっといてぇな…どうでもええんや、もう、ええんや…」
「アリス、アリス!!」
「火村は関係ないやん!!いつも人の本の事ぼろくそに言いくさってんねんから!」
ほっといて、どうでも言い。意識のはっきりしないアリスの口から出た些細な言葉が、火村の心の琴線に触れた。むにゃむにゃと夢の世界へと落ちていくアリスの布団を引っぺがし、抱きかかえ、着衣のままバスルームへと放り込む。
「な、何すんねん!」
 一張羅だといっていたダークグレーの玉虫のスーツ。裏地が派手なピンクのポール・ス○ス。見立ては火村。
 そんな事はお構いなしに、シャワーをひねり、熱めの湯をアリスにかける。
「水じゃないだけましだと思えよ」
 ほっとく?
 どうでもいい?
 アリスの口から「火村は関係ない」と言われ、何よりもかけがいのない人に、そんなことを言われて正気でいられるほど人間が出来ていないと、自覚する火村は悔しいあまりに壁を叩く。
「まだ、判ってねぇのかよ、十年以上も傍にいて…」
両手で握りこぶしを作り目の上に置く。
そんなことを思っていたのか。
俺が言った冗談にお前はそんなに傷付いていたのか。
いつも笑っているから知らなかった。
判ってくれていると思っていた。


「関係ない」といわれて、この場にいる事は出来ない。
アリスに必要じゃないと言われて、このままここに残る事は出来ない。
火村はジャケットを羽織り、ドアに手をかけた瞬間、「何処に行くん」と、びしょぬれのアリスに声をかけられる。
「俺が『関係ない』って言ったからか?」アリスは髪の毛から水を滴らせ、両手をだらしなくたらし、俯いた顔からは別の雫がぽろぽろと落ちている。
「ごめんなぁ…せっかく来てくれたのになぁ…」濡れた服で涙を拭うアリス。
 火村はアリスに歩み寄り「頭冷やせたか?」と、火村は、アリスの濡れた頭を撫でた。
そして、優しくアリスの頬に触れ、親指で涙を拭った。 
「ったねえなあ…鼻水出てるじゃねえか…」と、アリスにしか見せない極上の優しい笑顔。
「あんな事言うたのに、許してくれるんか?」まだしゃくりあげているアリス。
「ああん?」優しげな笑顔が、瞬く間にいつもの意地の悪い笑顔になった。
「お前の心掛け次第だな、お前に『関係ない』といわれて俺も深く傷ついたんだからな、簡単に許すわけには行かないさ」と、気障なウィンクをする。
「ええよ」と、アリスは濡れそぼった上着を脱ぎ、黒いシャツのボタンを外し始め、上半身裸になって火村に抱きつき、自分からキスをする。
 普段のアリスなら舌を入れるほどのキスはしないし、キスを仕掛けることも滅多にない。が、酒の所為なのか、今日のアリスは火村が眩暈を起こしそうなキスを仕掛けてきた。
「ん…」
 火村はアリスのズボンのベルトを外し、外からアリス自身に触れる。布越しのアリスは布を感じさせないほどに脈打ち、すでに勃起(たちあが)っている。
「う、ん、や…あ……」やんわりと火村に揉まれてアリスは体を離そうとするが、がっちりと火村に捕らわれていて、思うように動けなかった。
「簡単に許さないと言ったろう?」とチシャ猫のように笑う。
 耳朶を噛まれ、背骨のラインに沿って撫でられ、アリスは立っていられなくなっていた。 
「なぁ、立ったまますんの?」火村の首に手を回し、火村の唇をむさぼるアリス。
「お望みとあらば」火村はアリスを横抱きでベッドに運んだ。
 酒の所為で火村を誘うアリス。

酒に飲まれているな。

いつもとは違うアリスの乱れように火村は呟く。
 酒に酔っているアリスの体は仄かに赤みを帯び、敏感な場所は殊更赤く、火村を誘っていた。
 火村がジャケットを脱ぎ、シャツのボタンに手をかけると、「俺にやらせて」とアリスが火村のシャツのボタンを一つ一つ外し始める。酔っ払いの危うい手つきで丁寧に外す。
「いわれたんや…やらへんかって…」ポツリポツリと零す。
「俺、そないに誘ってる顔してるんか…?」ボタンを外し、火村の無駄な贅肉一つ付いていない逞しい胸を擦る。同じ男の体なのにこんなにも違う体。逞しく、強靭な筋肉を纏った男らしい体躯。そのくせ、滑らかな肌。アリスは火村の胸に接吻を落とす。
「今のお前は確実に男を誘ってるぜ」と、アリスの顔に手を沿えて自分に向ける。
 潤んだ瞳と先刻の接吻の所為で色づいた唇が艶かしく輝いている。
「火村だけや」アリスは火村の口付けを受けながら呟く。
「俺が誘うんも、惑わされるんも火村だけや…」
 おまえ、それ、最高のくどき文句だぜ?と、耳元で囁く。
「俺も自惚れてもええんかな?君が誘うのは俺だけや…って」アリスは泣きそうな顔で聞いてくる。火村は切なそうなアリスの表情に、優しい労るような声で囁く。
「そうだ、お前だけの特権だ、俺を誘うのも、うろたえさせるのも、お前だけだ」
 火村はアリスに口付けをしながら下着ごとズボンを脱がせる。
「あっ……」
 露になったアリスの下半身は仄かに色づき、中心は火村の愛撫を待っている。
 アリスは体を起こし、「なあ、火村も脱いで?」上半身だけ裸の火村に上目遣いで、ねだる。
「おまえ、ほんっとに俺と同い年かよ…」眩暈を引き起こしそうなアリスの媚態。
 火村は抱きつくアリスに口付け、アリスは火村のズボンのジッパーを下ろす、布越しの火村に「一緒やねんな…」呟きながら愛しそうに口付け、ベッドに腰をおろし火村はアリスの呟きに「何が一緒なんだ」と聞く。
「我慢してるんや、いつも…」アリスは火村の下着をずらし、火村自身を取り出し、立ち上がりかけた火村を咥える。
「おい?アリス…」初めてのアリスの行動に火村はうろたえ、自分のものを咥えて離さないアリスの顔を無理矢理引き離す。
「あ…」玩具を取り上げられた子供のように切なげな表情になる。
「下手やった?」火村のものに手を添えたまま、潤んだ瞳で火村を見る。
「俺がやっても起てへん?」

 おまえ、それ犯罪…

 火村は絶句する。
 いつもの強烈な関西弁がアリスの口から出てこない。
 威勢のいい関西弁。

 調子狂うよなあ。

 その証拠に起っちまったぜ…

「なあ…ひむら?」火村の屹立したものに手を握りながら見ているアリス。
 
 据え膳て奴か……覚悟しろよ。
 酔いなんて吹っ飛ばしてやるからな。
 いや、俺で酔わせてやるよ…


 
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