Hung Over

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20011008UP



 何とか新幹線飛び乗り、シートに座り一息ついたところに売り子の女性が飲み物などを売りに来た。
「ビールもらえるか、それと、今日の夕刊」と、火村が500円差し出すと、売り子の女性は少し顔を赤らめビールと夕刊を差し出し、つりを渡した。
 ビールを受け取って少し後悔した。
 スーパードライ。
 お世辞にも上手いとは思えない種類のビール。
 日本製の黒ビールよりか幾分ましであるが、許せない。
 レーベンブロイにギネス。
 飲みてえなぁ。と溜息。
 夕刊にざっと眼を通し、気が付けば右手に富士山が見えるあたり。
 あと1時間くらいか。と腕時計を見ようとしたところにコートのうちポケットに入れていた携帯電話の着信音が聞こえてきた。
 着信を確かめると、非通知設定と表示されていた。
『俺や俺』と少し呂律の回っていないハスキーなアルトが響く。
「どちらの俺やさんでしょうか」と、恒例の挨拶。
『なあなあ、君、今どこに居るん、さっき下宿に電話してんけど、中々出よらへんから』
「お前こそこんな時間に何の用だ」
『ん〜、ええやん。電話したかってん』
「人の迷惑考えろよな」溜息が出る。
 電話の向こうでは大口開けた笑い声が聞こえてくる。
 自分のことを棚にあげて、常日頃人のことをマイペースだの、ゴーイングマイウェイな奴だというが、お前の方が我侭でやりたい放題傍若無人の癖に。火村は携帯電話を握りながら苦笑い。
「で、どうした?」ビールを一口。
『声聞きたかってん』と、しおらしい声が返ってくる。
 尻尾も耳も垂れ下がっているという状態。
 子犬のようだ奴だ。
『あかんかったか?』と火村の出方を伺うような口調。
「いや」と、火村はいたって普通を装う。
 火村もアリスも何を話したらいいのか判らずに、沈黙する。
 時間にすれば本の数十秒の沈黙、2人にとっては何時間にも思える長い沈黙の後、アリスが『なあ、なんか喋ってぇなぁ』と呂律の回らない甘えた声で火村にねだる。 
 久しぶりのアリスの甘い声が火村を直撃(?)
『何でもええから、喋ってぇなぁ…』と、鼻を啜る音と共に発せられる。
 泣いているのだ。
「どうした?」
 優しげな声しか出せない。
 傍にいて慰めてもやりたいし、檄を飛ばしてもやりたい。
「泣いているのか」極上のバリトン。
『泣いてへんっ』と、アリスは電話を切った。
 ツーツーという音だけが火村の携帯電話に残された。
 
 今にも走りそうな自分の足を床に縫い付けるようにして我慢をする。
「泣き虫が…」
 

 

 火村がホテルのエントランスをくぐると、ロビーのソファに前屈みになって座っていた真面目そうなメガネの男が、顔を上げたとたん駆け寄ってきた。
「火村先生!すいません!わざわざ東京までご足労いただいて」
 片桐の後ろには顔見知りのアリスの先輩作家、朝井小夜子がいた。
「天岩戸の乙女やね、でも野郎やから乙女やないけど」と笑う。「でも、私もあんな事いわれたら立ち直れへんかも」
「そんな有名な評論家なんですか、その―――」
「名前も言いとぉないわ、あんのくそ男」唇をかむ朝井。
「まあ、あんまり大きな声ではいえないんですけど、あの先生悪名高いんですよ。色々な意味で」と、引きつった表情で声を顰め火村に耳打ちする。
 3人はエレベータに乗り込む。アリスの宿泊まっている部屋へと火村を案内がてら、片桐は電話では伝え切れなかった事を話す。
悪戯っぽい笑顔で「お稚児さん趣味」と朝井が呟く。
「運悪くも、有栖川さんはあの風貌でしょ、的にされたんですよ」
「お稚児趣味ねぇ…あいつ30過ぎたおっさんですよ?」と苦笑いの火村に朝井は「ああ言う人種は関係ないんよ、まあ、アリスの外見からじゃ30過ぎの男には見えんわなぁ」と、頷きながら言うと、「そうですね」と片桐も頷く。
「で、あいつがふてくされる理由は別なんでしょう?そのお稚児趣味の親父にセクハラでも受けたとか」と、エレベータから降りる。
 人の悪そうな笑いを浮かべた火村に、片桐はいつかアリスの言っていた『チシャ猫のような奴』というのを思い出した。
 
 確かに掴み所ない人だ。でも、有栖川さんを大事にしている。とても、とても。

「こちらの部屋です。社が有栖川さんにご用意したのは」と、火村にカードキーをよこす。
「有栖川さんは別のホテルを予約されていたようなんですが、ああも酔っ払われてしまっては…こちらのお部屋をご用意させていただいたんですよ」と、弱弱しく火村に告げる。
「片桐さん、火村先生には正直に言っておいた方がいいんとちゃうかなあ、火村先生も薄々とは感づいているみたいだし」と浅いが片桐を小突く。
「狙われましたか」と溜息を零す火村。
「そうなんです、最初は有栖川さんも気を使って我慢されてたんですよ、言ってもあの先生は大物ですし影響力もそれなりにある人だから、でも、堪忍袋の尾が切れたといってもいいんでしょうね、あの、普段は温厚な有栖川さんが…」と一息つき、話の続きを浅いが始めた。
「そう、いつもは温厚で人のよさそうな子が、『なにさらすねんっ!』と、アリスのお尻を撫でていた御大の手をとり、攀じったんよ、言うても何百人とおるパーティ会場や、人の眼も気になるんやろうな、それをあのおっさんアリスの作品を、あの子が丹精こめて書き綴った小説を衆人環視の上で貶しよったんよ、みんな固まったわ」と、腕組みをし頷きながら語る朝井に、火村は苦笑いで「あいつが他人に対して怒るって言うのは、かなりのことって言うことをお二人は知っていたんですね」と片桐から貰ったカードキーを差し込む。

「あの子ごっつい落ち込んどる。いや、落ち込んどるんやのうて、荒れとるねんけどな。自分の作品貶されて、アリスが手ぇ挙げるまであのおっさんアリスの作品べた褒めにしとったからなあ。火村先生、はよ立ち直らせてや、あの子と飲む為に今回出席したんやし、私だけやないねん、あの子目当てに出席したんは。純粋にあの子と話がしとうて出席した作家や編集者がいっぱいいてたんよ」真摯な眼で訴える朝井と頷く片桐。
 アリスの人柄に惹かれる人間が多いという事は火村にとっても自慢のひとつではあるが、同時に悩みの種でもある。性別問わず惹かれる人間が多い分、下心を隠して近づくものもいる。警戒心が普通の人間よりも弱いアリス。普段であれば火村が防波堤になっていたのだが、今回は朝井と片桐もいるからと思っていたのだが、予想できないことだったと。いや、予想は出来たかもしれないなと、自嘲の笑みを漏らす。
「了解しました」
 ドアを開けようとする。が、チェーンがかかっているので開けれない。
「アリス!頼まれてたもんもってきたで!」と朝井が隙間から叫ぶ。
「ほな先生頼んだで」と火村の肩を軽く叩き、「片桐さん、上のバーで飲み直そ」と「お願いします〜〜」と叫ぶ片桐を引っ張っていった。


続く…


もう、後悔のしまくり…書き上げるのが遅い上に、穴だらけ…新幹線の最終の時間調べるのずっと忘れるんだもん。書き直しが許されるならば直したい。でも、優しい入江さんなら許してくれるよね。大阪弁やない関西弁やったら伝授するし…って言っても、有月は神戸弁。「何やってんの」が、「何しとん」となるのですよ。微妙に違います。

 
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