眩闇
Brightness and Darkness
--You are the only that t have really loved and wanted--



 
 カルトとテロリズムは表裏一体。集団思考は常に危険な方向へと動いていくのだ。ましてや、巨大化しつつある組織となれば、警戒しなくて最悪の事態になりかねない。当局は事態を深刻にとらえ、今までは気に止める事もなかった新興宗教団体の動向がFBIを動かし始めた。連続猟奇殺人と何らかの関連性を裏付けるために数人のFBI捜査官と市警の警官が送り込まれた。
 猟奇殺人事件と関係が無くとも、犯罪性の高い、警戒しなくてはならない危険集団だとも判断されたためである。
火村とレオーニの二人はカルト教団施設付近のコンビニエンスストアのパーキングに車を止めた。施設の裏口がうかがえる場所である。
無機質なほどに真っ白に塗装された15個の正四角形をピラミッド上に積んでいった建造物で、一番上にはドーム型の屋根がついていた。壁の側面には窓と思しきものが見えるが、遮光フィルムを張っているのか黒い穴にしか見えない。
以前は人の往来が激しかった一角であったはずが、付近の住民たちは施設を警戒し、いまでは近づく事をしなくなり、コンビニエンスストアの主人は売上が減ったと嘆いていた。
アメリカにも日本のカルト集団が引き起こした化学兵器騒ぎが広まっているのだ。テロリズムに過剰警戒をする国ではあるが、未曾有のテロリストをかくまっている国でもある。

火村とレオーニの共通の知人(同級生)である「ユン・ユエレン」こと、ライアン・ソーンバーグを中心に捜査が始まった。
 ハイスクール卒業と同時に足取りがつかめなくなったユン。
 カルト集団とユンのつながりは火村の中で引っかかっている。
 どこでライアン・ソーンバーグと言う白人青年になるのか…全くの他人の空似なのだろうか?
 だが、確かに自分が塗りつぶした写真はユンになった。
火村が髪の毛を黒く塗ったユン=ライアンの写真を見ながら「なあ、ヒム…なんで、ユンが浮かんだんだ?」と聞く。
「わからん」とキャメルを口にし、車のシートを倒した。
「なあ、お前はアルビノの人間にあったことはあるか?」と何もない車の天井を見ながらレーニに尋ねるが、レオーニ自身、「アルビノ」という言葉に今一つ理解できず、首をひねた。
「アルビノ?」
「ああ、簡単にいえば、色素欠乏だな。さまざまな症状があるらしいがな」と、呟いてから、火村は合点が行ったというふうにに手を叩いた。
 ハイスクール時代にユンとぶつかった事があり、ユンの牛乳瓶の底ほどに厚いレンズの眼鏡を落とした事がった。そのときにちらりと垣間見たユンの不思議な虹彩の瞳を思い出した。そして、白人以上に白く透き通るほどに滑らかできめ細やかな肌。
「完全なアルビノではないかもな。極稀にというか、俺のような黄色人種でも、白人に負けないぐらいの肌の白い人間もいる。まあ、比較をすれば、黄色人種のほうが肌は滑らかなんだろうな」と、火村は日本に残してきた未練を思いだした。絹のような滑らかで柔らかな肌。引き裂いたのは自分だ。
「その肌の白さを利用してあの教団に入会できたのか?どう繕っても白人とは違うだろう?」
「多少の外科手術は施してあるかもな」
 何らかの理由で白人となったユン。
「ユンの家族の消息が分らないらしいんだ。ホンコンにでも帰ったのかな」
「まあ、FBIのネットワークを駆使して調べ上げるさ」とFBI捜査官でもないにもかかわらず、軽く返事をする。
「FBI捜査官でもないくせに…」とレオーニが冷ややかな視線と共に呟いた。
「あのカルト教団な…どうやらトップシークレットがあるらしい」とレオーニは呟く。
「そりゃあるだろうよ、教祖のカリスマ性を保つためには教祖自体がトップシークレットになりうるからな…得に神秘的なものを売り物にしている宗教や思想においてはな」
キャメル一本取り出し、ねじったり戻したりして弄ぶ火村。
「あいつ、そんなに色が白かったかな…」レオーニは呟きながら捜査資料を捲っていく。今のところ、新たな被害者はでてはいないが、この教団に関しては『何か』あると、レオーニと火村は感じていた。
「なあ、ヒム、日本にも男しか入信できない宗教ってあるか?」
「ある。だが、新興宗教では大半が男女平等で、これは所謂建前になるかも知れんがね、仏教にはカトリックと同じように女人禁制もある。女性が踏み入れる事の出来ない土地もあるぞ。それがどうかしたか?」よれてしまっているキャメルに火をつける。
「いやな、この教団、信者の大半が男なんだよ…ふつうは宗教にのめりこむのは女性のほうが確率は高いんだけどなあ……まあ、一般論にしか過ぎないけどさ」
 確かに『宗教』や、『神聖(カリスマ性)』に強く惹かれる傾向が見受けられるのは女性が多いとされる。主婦が生活の不安から逃れるためにのめりこむケースもアメリカでは少なくはない。
「それはあくまでも一般的にだろう。むしろ狂信的になるのは男のほうが多いかもな。あと、『処女性』に神性を見出すのは男だけだ。これは極論だがな、女性が子供を身ごもると『穢れる』と、忌み嫌う。日本の土着信仰に多いんだがな、巫女(シャーマン)は処女と言うのが一般的なんだ」
後部座席に乗ってきたラルフが「ユン・ユエレンの足取りがつかめた」と、新たな資料をレオーニに投げてよこした。
「ユン・ユエレンに関しては『死亡届』がでていた。ついでに、ライアン・ソーンバーグなる男は現在行方不明だが、捜索届などは提出されていない」
 レオーニはラルフからの資料ファイルを捲る。スクラップされた写真や新聞記事を拾い読みする。
「ん」ある記事に目が止まった。
 『The major crime which psychiatrist is committed-------』
「精神科医の犯罪…」呟きながら読み進めると、小さな記事ではあるが、ユンの名前が記されていた。
「ヒム!これ…」
 レオーニが指し示した記事は、容疑者ユン・ユエレンを記していた。

-------- ○○州の精神科医キャシー・ベネディクソンを殺害したとして殺人容疑で逮捕された○○州、大学生ユン・ユエレン被告(20)について、計画的殺人でありながら、被告が被害者から生前に受けた性的虐待と精神的虐待を踏まえ正当防衛とし、州警察は拘置期限の3日、起訴を見送った。
 ユン被告は19XX年X月X日ごろ、精神科医ベネディクソン医師の診察室を訪ね、殺害したとして、先月州警察に逮捕された。
 ユン被告は被害者の患者であり、通院時に多大なる性的かつ精神的虐待受けており、州警察の調べにより、被害者ベネディクソン医師の被害者の証言も得ている。
被害者の患者の証言によりベネディクソン医師はよき相談相手と振舞いながら、治療と称して猥褻行為などを強制し、また、法外な報酬を要求していた。---------

 本の小さな記事ではあるが、セクシャルマイノリティを浮き彫りにする記事でもあった。
「正当防衛か…セクシャルマイノリティが抱える問題と掲げられているが、このユンによって殺された女も異常だったんだな…」
ラルフが険しい顔でレオーニが言ったことに反論する。
「セクシャルマイノリティは異常じゃない。それを受けとめようとしないことが異常なんだよ、それはともかく、この医師については他にも証言があって、それこそタブロイドが取り上げていたりするんだが、鵜呑みには出来ないがあながち嘘ではないしね」と殺されたベネディクソン医師についてかかれている記事のページを捲った。
「この女って、自己顕示欲の固まりだったんだな。って言うよりもだ、すべての男が自分に振り向かないと気がすまないって言うタイプだったんだな」レオーニ。
「自己顕示欲の強い女か。男にとって一番近寄りたくない人間だな」タバコに火をつける火村。
「ユンの母親って…」と思い出したようにレオーニが声を上げる。
「いない」と、ユンの略歴のページを見直すラルフ。
「まあ、生まれついてからの女性不信か…」レオーニは溜息のように吐き捨てる。
「州によってはゲイを認めていないからね、だけど、この州は寛大だ。だが、ユンの不幸はそうじゃなかったらしい。ユンの祖母と父親がユンを強制的にカウンセリングを受けさせたんだ。まるで、ゲイであることが『病気』だといわんばかりにな」ラルフのとぼけた物言いが消え険しくなっている。
「それは家族がクリスチャンだからだろう」唇を人差し指で擦る火村は、聖書の中に出てくることを引用した。
「キリスト教では生殖に結びつかない性行為はすべて悪徳とし、『レビ記』には、姦通、同性愛、獣姦を厳しく戒め、その3つを犯せば死刑という事だそうだ」
「増えすぎる人口を考えろってんだ」
「そういう問題じゃない」考えなしのレオーニの言葉に火村は呆れ顔になる。そして、押し殺した声がラルフから発せられる。
「お前にそんなことを言われるとどうしようもなく悲しくなる」ラルフは眉をしかめる。レオーニの口からゲイに対する偏見が覗えると言うことは、自身の性癖を責められているのと同じ事。ましてやそれが自分が懸想している相手なれば。
「すまん…」レオーニ自身もラルフが自分を「友人以上」の関係を築きたいと思っていることを知っている。その思いをすべて受け止める事は出来ないが、友人として最高の冗談として受け止めている。
「後にユンの母親が妙な新興宗教に嵌るんだ。敬虔なクリスチャンのはずが、人の道を外したとしてユンを更生させるために教団に入信するんだ」
「狂信的になったのか…愛する孫をまっとうな道に…か…」火村はタバコの煙を吐きながら日本語で呟く。
『そんなに人道を外している事なのか?罪なことなのだろうか』
「なんか言ったか?」
「べつに」
 


 

to be continued...

 

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