眩闇
Brightness and Darkness
--You are the only that t have really loved and wanted--


 


 メサイア……

 メサイア……

 頼むからその名で呼ばないでくれ。

 お願いだから、僕の名で読んでくれ。
 
 思い出すのは自分の名前を呼ぶ愛しいあの人の声。

 僕は「メサイア」なんかじゃない。

 抱きしめて欲しいのはあの人だけ。

 笑いかけて欲しいのもあの人だけ。

 声を聞かせて欲しいのはあの人だけ。
 

 抱きしめて欲しいのに…

 声が聞きたいのに…
 
 ねぇ、抱きしめてよ…
 

 メサイア…
 
 メサイア……メサイア……

 無意味なほどに広く感じられる空間の中央には円形の天蓋ベッドが置かれていた。
 真珠のような光沢のある白いリノリウムの床。
人口的な白によって形成された無機質な空間。
 窓もなくあるのは出入り口となっている光沢のない銀の扉だけである。
 人の息吹も感じられない空間に1人だけ、閉じ込められている。
 白いシーツに蹲るように眠っている青年がいた。
 部屋に負けないぐらいに白い青年。
「ライアン様?」
 プラチナブロンドの北欧系とも取れる男が、銀の扉を開けて部屋の中央のベッドに近づき、青年の頭上に腰を下ろした。190cmほどはあるかと思われる長身に、ダークな色合いのスーツを着ている姿はマフィアの幹部か、冷酷な殺し屋にも見える。
「ライアン様?」
 男がベッドで貝のように眠る青年を揺すり起こそうとする。
 真っ白な部屋に負けないほどに白い青年。
「メサイア…」
 青年の耳元で囁く。
「……がう…」
 男の手を払いのけ、頭からシーツをかぶる青年。
「起きてください。何時間寝ていらっしゃるんですか」
 何時間…閉じ込められている青年にとって、時計の無い部屋で、尚且つ窓も無い部屋に閉じ込められている以上、時間という概念がなくなっている以上、もはや時間は彼には関係ないものであるにもかかわらず、男は青年に時間のことを口に出す。
「俺が何時間寝ようと、起きていようと関係ないことだろう」抑揚のない言葉と鋭い視線で男を睨みつけた。
 この無機質な空間で、何も身に纏わせてもらえず、外に出してもらえず、もう何年この白い闇に閉じ込められているのかわからなくなっている。人前に出る事以外には服を着る事も許されない。服といっても、ガウンのようなモノしか羽織らせてもらえない。寒さも熱さも感じない温度調節された部屋に一糸纏わず四六時中監視されながら生きている。
「モルモット…」ユンは呟き、自分の白い腕に爪を立てる。男は透き通るほどに白い肌が紅く晴れ上がるのを見てユンの腕を捻るようにして止めた。
「何をなさるんですか」冷酷なほどに青い瞳がユンを睨み付ける。
「あなたのお体は…あなた1人のものではないのですよ?」と呟き、ユンの赤くはれた腕に口付ける。
 ユンは男の顔を払いのけ「さわるな!」赤い瞳で男を睨み返す。
 男は動じる事も無く、膝を抱えるユンの首筋に口付けを落とした。
「……っ…」
 身を捩るユン。
 男は立ち上がり、足音1つさせずに足早に部屋を出て行った。
 響くのは扉の閉まる音と、始終監視するカメラのモーター音のみ。
 耳を澄ませば自分の鼓動が聞こえそうな静寂な空間にライアン=ユンは1人声を忍ばせて泣く。
 会いたいと。
 
 暫くすると、再び男が入ってきた。手には白い布を持って。
「私に出来るのはこんな事ぐらいです」ユンの白い肩に掛けた。
 そして、再び銀の扉の向こうに消えた。
 ユンは両膝を抱えるように蹲り、唇をかんだ。赤い唇がシンク染まるまでに血を滲ませ、涙を堪えた。
 泣いてはいけない。
 あの人はここにはいないし、もう自分を抱けきしめてもくれない。
 狂う事も許されず、ましてや、自由を望む事もできなくなった。
 自分の鼓動しか聞こえない静寂な空間でさえも自分を狂気に貶めることは出来ない。
 こんなに強いはずではないのに、脆いはずの自分が未だに正気でいる。
 あの夢を見てさえも自分なこんなにも正気でいる。
 
 
 
「気丈な方だ」銀の重い扉を閉め、溜息をつく。
 自分ならばあの空間に閉じ込められたが最後、発狂するに違いない。だが、あの華奢な青年は狂う事もせず、ひたすら膝を抱え、耐えている。
「気丈な分、『飛んでいる』間の自分を知ると、どうなるか…」
 男はブラックライトにてらされた黒い廊下を進む。
 静寂な空間。
 そしてかすかに光が漏れている壁を押した。
「お姫さんの様子はどうだい?」
 男が出てきたところは、監視用モニターがいくつも設置されている管理室であった。
「ずっと見ていたんだろう?お前がみたとうりさ」ユンの部屋から出てきた男は声を掛けてきた金髪碧眼の男の隣りに座った。
「俺たちは雇われガードマンにしか過ぎねえが、あのお姫さんへの待遇って言うもんじゃねえな、は、ただ事じゃないよな」と、金髪碧眼の男。
「俺たち末端の人間には何も知らされないものさ、お前も俺も信者じゃないからいえるんだけどな。冷静に考えればわかることなんだが」と目の前で繰り広げられている数々の睦事を眺める。
「金に群がる亡者か…」男が呟くと、金髪碧眼の男は「いやだね、いくら仕事だとは言え、こんなものを連日眺めなくちゃいけないのは…」うんざりだと、吐く真似をする。
「証拠つかまなきゃな…」と男は呟く。
「白いお姫さまはいつもご機嫌斜め」と金髪碧眼の男は呟く。モニターに映っているユンは白い布を頭からすっぽりと覆い、白い空間に溶け込んでいる。

 これ以上彼を『飛ばす』ことを防がなくてはならない。
 これ以上『アレ』が続くと彼は正常でいられなくなる。

 正気と狂気の狭間において、ユンは人格が異なる。
 誰もが庇護欲を掻き立てる白い天使、ユン。
 誰もが崇め立てる残酷神、ライアン。
 端正な赤い唇をゆがめて笑う。
 その後ろでは「助けて」と涙を流す。
 
 


 

to be continued...

めっちゃめちゃ短!何ヶ月もかかって…こんだけ…涙ちょちょぎれそうやわ。

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