眩闇
Brightness and Darkness
--You are the only that t have really loved and wanted--


 

「思い出せそうか?」
 指を唇に当てて考え込んでいる火村の顔をレオーニは覗き込んだ。
「どこかでみたことがあるんだ」
 あの目だ。
 火村は自分の頭のなかでいろいろな人間の顔を思い浮かべてみた。
 アメリカで係った全ての思い出せるだけの人間の顔を。
「おい、もう一度ファイルをよこせ!教団の幹部の顔写真のあるやつ」
 火村はレオーニから引っ手繰るようにして書類を手にする。
 3穴リングホルダーにはさまれたカラーコピーのレジュメをめくる。指でなぞりながら写真を確かめていく。
 判明している教団のメンバーリスト、大きい規模のものではないが、ネオナチなどの過激派といわれるものたちに支持されていたりするが、入信する事自身も非常に難しくし、カリスマ性を高めている
「入信するのが面倒くさいんだな」と火村は教団のメンバーリストと教団の沿革に目を通す。
 目に付くのは多額の寄付金。日本でいう御布施といったところか。と火村は笑う。
「日本のカルトでもそうだったよね、ヒム、たしか、高学歴な人間ばかりが幹部になっていたよな」と、レオーニは火村が見ている書類を覗き込む。人差し指で顔写真をなぞり、名前のつづりを確かめるようにしてページをめくり、見当たったページで「こいつ…やっぱりな」と呟くと、レオーニは火村から書類を奪う。そして、もう一度、写真に顔を近づける。「こいつ、脱色してやがる、俺の思い出したやつはこんな明るい髪の色じゃなかった」と火村は頭を指す。
「これのカラーコピーくれ」火村は白人青年の書類の写真を示し、レオーニに渡した。
 自分の記憶が間違えていなければ、あの男は『あいつ』だ。
あの瞳はあいつだ。
名前は違うが、確かにあいつだ。
 火村はPCのキーを叩いていく。
 他のファイルにはその男に関するデータは無い。
 そして、火村が最後のファイルを開けた。
 元信者の証言だった。
教団を退団すると、待っていたのは執拗な嫌がらせという事が延々とつづられている。所謂被害者の声というものだ。確かにファイル名は『Complaint/苦情』とある。
「幹部クラスの退会者はいねぇんだな」と、文書を斜め読みする。
 よほど結束が固いのか。
 火村はファイルのプリントアウトを手にとる。
「ヒム、はい」レオーニが戻ってきて、火村に写真のカラーコピーを渡した。
 カラーコピーを受け取ると、火村はおもむろにその辺に転がっている色ペンをとり、写真の男の髪の毛を黒く塗りだした。
「原始的なやり方だな、言えば解析の連中にやらすのに」とレオーニは毒づいた。
「確信がねぇんだよ、無駄なぬか喜びはしたくないだろう?」と、気障に唇の端だけで笑う。
黒くした髪の毛に眼鏡を書き足した。
「なあ、ヒム…」レオーニが写真を見て呟く。
「お前って、絵のセンスないんだな」


「ユエレン・ユン」と、火村が呟く。
 黒く塗った髪の毛。大阪の食い倒れ人形のような黒縁瓶底眼鏡。もっとも、アメリカ人であるレオーニには単なる黒縁眼鏡にしか取れないが。

「ああ!あのチャイニーズのハーフ!」と手を叩き、「でも、名前が違うぞ?『ライアン・ソーンバーグ』だ」ファイルを眺め、首をひねる。
「面影はあるが、別人てこともある」火村は人差し指で唇をなぞる。
レオーニは写真のコピーを火村の書いたものとあわせてクリアフォルダにしまいこむ。「じゃ、ユンの足取りを調べてもらうよ、ハイスクール卒業からの足取りを」と、内線を掛け始めた。
「この教団がFBIのブラックリストにあるということは、なにかしでかしたのか?」
 火村は文書から目を離さずにレオーニに聞いた。日本に居ては、あまりアメリカのニュースなぞ耳に入ってこない。入ってくるニュースと言えばハリウッドスキャンダルと、ポリティックスキャンダルだけだ。
レオーニは「チッチッチッ」と舌を鳴らしながら人差し指を動かす。
「FBIには常にカルト集団と思われるグループのファイルは存在するんだ。だけど、このグループは凶悪な面があってね。通報があったんだ」
「どんな」
火村がページをめくろうとしたファイルをレオーニは奪い取り、最初のほうのページをめくり、目的の項目がのっているページを広げて渡した。
「学歴が?」どうしたんだ。という疑問の目つき。
「教団の教えと共にあるのが、人種差別だよ」
 レオーニが指差した先には、教団入信の決まりが書いてあった。
 
 academic background学歴。IQ。
 Incom収入。property資産。
 Looks容姿。Race人種。
 
 学歴に関しては事細かく、かかれているが、収入は納税額を申告と、レオーニが言う注目すべき点とは、容姿の事であった。
「これは教祖自ら選ぶのか?」
「教えがな…問題なんだよ、非常にシンプルなんだけど、厄介なんだ」と溜息を言う。
 守るべきは純粋高潔なる血。
 残すべきは正当な血族。
「なんだこれ」呆れる火村。
「あのファッティーあたりが言いそうな事だよな…」と二人の頭を掠めたのはちびでデブな"ファッティー"ブライス。
「白人至上主義者か唯一神信仰だな、他の宗教を邪教と呼び、俺のようなカラードに対して憎悪を抱いてる。連中の信者が良くモスクや民家に火炎瓶や石などを投げつけていると報告があったんだよ、それから市警がマークしだした」
 レオーニはもう一度パソコンの前に座り、別のファイルを呼び出した。
「幹部の家族からの証言だけどな。入信したあたりから嗜好が変わってきたそうだ、プライドが高くとも、表面立っては人種差別的な発言や行動などしなかった人間が、あからさまに言葉や顔に出すようになったんだ。例えば電車やバスなどの公共の場において、『黄色いやつや黒いやつらと同じイスに座るのも汚らわしい』とな。家族に対しても近所付き合いや友人たちの付き合いを制限されるんだ。いくら土地柄保守的なやつが多いからって、やりすぎだと思わないか?それにな、子供におきたケースなんだけどな、学校でやはり、クラスの友人たちと遊ぶじゃないか、ネイティヴ・アメリカンやチャイニーズ系の学校側としては当然、『みんなで仲良く遊びましょう』って言うじゃないか。その少年は、学校から帰ってきたら、消毒用の洗剤で火傷する寸前の熱いシャワーで体を洗わされ、『やつらは汚い』と事ある毎に洗脳するんだよ。その少年は折檻されて近所の家に逃げ込んだそうだ」
 なるほどね...火村はレオーニに合図するかのように、起用に眉毛を寄せてみる。
「これは一つのケースにしか違いないが、こんな理不尽な考えで色々な人が迫害されてる。それはもう、宗教ではないよな。単なる組織だってことだ」レオーニは肩をすくめる。
「正統な血を求めるのはファッショな考えだよな」呟く火村。
レオーニは報告書を「コピー厳禁だからな」と付け加えて火村に渡す。コピーはダメだが、メモは良いと…火村はおもむろにシステム手帳を取り出す。
「ああ、めんどくさい」英語に不自由しているわけではないが、簡潔にかかれていない報告書は目を疲れさせるだけ。
「簡潔に書きゃいいものを、なんだってこんな難しくしなきゃなんねぇだろうな」
「これ書いたの、ファッティーだよ、自分のなけなしの知性をひけらかしたいんだよ」
「ふん」火村は鼻を鳴らし、キャメルを取り出した。
 そして、日本語で一言、「大学のレポートじゃねぇんだから」と呟いた。


 

to be continued...

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