眩闇
Brightness and Darkness
--You are the only that t have really loved and wanted--


 火村がレオーニの部屋に転がり込んで1週間。
 事件は何の進展も見せず、捜査官たちの苛立ちが募り始めたころ、1人の捜査官が持ち込んできたものによって、一連の事件明るい兆しが見えてきた。
 摘発した悪質ポルノビデオ販売業者から押収した莫大な量のポルノビデオの中から数本のビデオテープに要所要所分断され挿入されている画像に事件担当捜査官たちは釘付けになった。

コレクターの1人目の餌食となった女性の姿が写っていたのである。
 
海賊版の粗悪なポルノビデオ。
何の変哲もなくただ単に男女がやっているだけの映像の中に、時折差し込まれているサディスティックな画像。
その画像の片隅に力なく横たわる女性らしき姿が映っている。
コンマ何秒しかない映像。
瞬きよりも速い細切れ映像。

早送りをする事数分。
幾分近めに撮影されたと思われる映像がほんの一瞬目の前を掠める。
椅子に座らされている弛緩した豊満な肢体。
首は垂れ下がり、腕はだらしなく両方に垂れ下がってる。
ヒステリックな笑いに引きつった口元。

また男女が睦みあっている映像。

早送り。

被害者と見られる女性は放心したかのように写っているが、一瞬掠めるアップの表情ではだらしなく開けられた唇は涎と血液が付着している。
開かれた瞳は瞳孔が開いていた。

早送り

今度は彼女が白いシーツの上に横たわっている。
まるで、大輪の薔薇が咲こうとしているかのような合成映像のように、白いシーツに鮮血が広がっていく。
そして、仰向けにさせられている彼女の抉られた目には黒く空虚だけが映っていた。

 男女の睦みあい。
 
 早送り


 
 グロテスクなまでの男女の睦みあい、結合部分のモザイクなしのアップ。
 さもすれば吐き気を催すシーンの間に、ピンク色のてらてらと光る物体のアップ。濡れたような物体が内臓の一部だと解かるまでにはグロテスクなセックスシーンを最後まで見なければいけなかった。
 粗悪なビデオ画像の品質の中に高画質に作り物のようにはめ込まれた映像は全部で、20カット。コンマ何秒という表示時間のため、何気なしに鑑賞していれば、単なる場面転換のための切り替えにしか思われない。
「このビデオテープの存在に気が付いたのはリンダなんです」
 と差し出されたのは一枚のフロッピーディスク。3人目の犠牲者となったリンダ・ノートン捜査官によって収集された情報と、捜査資料である。
動体視力の優れた女性。押収したポルノビデオの確認作業中、倍速で見ていたにもかかわらず、リンダはビデオの異常に気がつき、画像解析に分析を依頼し、何か確証を得ていたらしい。

サブリミナル、閾下知覚。
Subliminal perception
サブリミナルカットによる殺人衝動と、性衝動の増幅。

「吐き気のするものだな」と、呟きながら人差し指で唇をなでる火村。レオーニは「こんなものを見て起つ奴がいるもんだと感心するけど、純粋無垢(うぶ)な奴が見れば、トラウマになりそうなブツだよな」と、ビデオテープをデッキから取り出した。「これのオリジナルのタイトルが面白ぇんだよ」
 と、パウチのナイロン袋に入れられたテープを火村に差し出す。
 汚い書き文字の出かかれたタイトルに「けっ」つばを吐くようなまねをする。
プリントアウトされてきたビデオの各映像を見て「よっぽどのサディストか、ネクロフィリアかだな」と紙を捲る。
レオーニは「ネクロサディズムだろ」と火村が見ていたプリントアウトを取り返し、「突破口になるといいんだけどな」と呟く。
「ただな、カルトなものが溢れている昨今、狂信的なものがぬぐえないんだ。サブリミナルや、マインドコントロールに関して、信憑性の問題はあると思うが、ここ数年で勢力を伸ばしてきた宗教団体とか、思想家とかはいないのか?」頭を掻く火村は、くるりと椅子に座ったまま向き直りパソコンをONにした。
「儀式じみているとでも言いたいのか」怪訝な顔になるレオーニに、火村は「ありえない話でもないだろう。サブリミナルは日本のカルト教団でも使用していた例もある。ただ、その教団が実行したかは俺の記憶の定かではないがな。それにだ、サブリミナル効果は『作り話』だ」白髪混じりの頭を掻く火村。
「そうだな、サブリミナル効果の検証をリンダは依頼していたようだけど、確認作業中サブリミナルにとらわれた奴っていないのかなとも思うよな、そんな危険なものならば」ととぼけるレオーニはリンダのフロッピーディスクをパソコンに差し込んだ。
「パスワードなどでプロテクトされていたらどうしよう」などと言いながら軽やかな手つきでパソコンのキーボードを叩く。
「ああ、でもポルノビデオは本能を沸き立たせるものだから十分にサブリミナル効果を発揮させてるか、現にビデオテープの調査に当たった捜査員の中にも、何人かバスルームに直行した奴いるらしいから」
のんきに冗談を言うレオーニに火村は呆れながらも「そうだな」とうなずく。
「それから、ビデオテープの出所と、出荷数をはじき出さなきゃな」
レオーニはEnterキーを叩いた。
 
FDドライブが静かに振動している。せわしなく小さな音が聞こえてきたその瞬間、ディスプレイにFDの中身が立ち上がった。

CASE :collector

「このファイル、ほんとは機密事項なんだけどな、鋭いおまえのことだし、事件にかかわっている以上、おまえが他言しないと言うことで、お前に見せる」と、続けてEnterキーを叩いた。
「今まで以上の鑑識結果がファイルでもされているのか?」
「ちがう」レオーニは一息ついて、「ヒム、おまえの感があたったんだ」と、ファイルを展開していく。
「カルトか?」火村はそばにあった椅子を引き寄せ、パソコン画面が見える位置に座った。
「ビンゴ!」
指を鳴らすレオーニ。

「終末思考の新興宗教団体のメンバーリストだ」レオーニは画面を勧めていく。データベースと、顔写真のあるファイルとに分かれていた。
「?」火村がキーを叩くレオーニの手を止めた。
「どうした?ヒム」レオーニは目を細める火村を肩越しに見上げる。
「いや、この男、どこかで見た事がある」
 火村が表示されたファイルの写真の男を指し示す。
「どこで?」訝しげに訊ねるレオーニ。
 写真の男は白人で、解像度の低い画像では解りづらいが色素の薄い髪の毛に神経質そうな感じのする薄い印象の男。青年とも少年とも言える容姿。
「ん…」目を瞑り、人差し指で唇を撫でる火村。
「こう印象の薄そうな男は何処にでもいそうだけどな」とも呟く。
「何処にでもいそうな男か」レオーニも同じように呟く。
 何処にでもいそうな男。火村は首を振った。
 違う。
 目だ。
 あの淀んだ瞳。
 どこだ?
 でこでだ?
視線に振り向けばいつも暗い目でみていた。
 暗く欲望と狂気を含んだまなざしがいつも見ていた。

 火村は頭を掻き毟る。
 
 


 

to be continued...

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