Samba de coccinelle てんとう虫のサンバ 1. 萩野が俺を社内メールで呼び出してきた。 [昼休みオーディトリウム横のスモーキングエリアで] 無視してやろうかとも思ったが、こともあろうに、スケジュール予約までしやがった。 時間前になるとポップアップが表示されてうっとしいじゃないか。 なんなんだよ。 それに俺禁煙中なんだけどな。 くそ寒いのに外に出なけりゃならない。 無視してもあいつのことだからしつこくメールするんだろうな。 しょうがない、昼休み燻されてきましょうかね。 異国情緒あふれる街にはでに登場したホテル二隣接している極近代的なビルが俺の会社。 俺が勤めている会社はいわゆる『外資系』と呼ばれ、この市でも5本の指に入る大きな企業と見られている。 化粧品、生活雑貨(洗剤)、ダイアパーその他色々の開発販売している外資系企業の極東支部である。 社内には方々から来ているさまざまな国籍の人間がいる。基本的には日本語と英語。 俺の場合は国内関連なので、ほとんど日本語業務であり、それでも英会話クラスを取らされていたりする。 俺のオフィスは13階にあり、同じフロアに製品企画部があり、国内国外とパーテーションで別れている。 メールの主、荻野は24Fのマーケティング戦略にいる。 嫌煙活動の激しい欧米諸国の社風に右へ倣えということで、館内完全禁煙で、愛煙家たちは「今まで自由だったのに!」と憤慨していたが、会社の方針には逆らえず、対比処置として会社の人目につかないところで、消防法にも適応した禁煙スペースが設けられた。 それが会社通用入り口ヨコの喫煙スペース。 ただ単にベンチと灰皿が並べられているだけのスペース。 夏は暑くて、冬は吹きっ晒しになるのだ。 今の時期は適当にリフレッシュできるからまだましではあるが、吸いもしないのに喫煙スペースのベンチに腰掛けるというのはなんとなく間抜けなものだ。なので俺はベンディングマシーンでコーヒーを買った。タバコをやめてからコーヒーを飲む回数が増えた。最初はブラックだったが、胃が荒れだしたのでミルク入りに変更し、たまにミルク増量砂糖増量で飲んでいたりする。 俺がホットコーヒーをずるずる言わしていると、荻野が俺の隣に座り、開口一番「あのな、式の日取りが決まった」とぬかしてきた。 もったいぶって主語をはっきりと口にせず、しかし、何のことか見当はついているので、俺の返事もぞんざいになる。 「あっそ」 「『あっそ』って、あっさりしてんなあ」 ほかに何を言えと? ああそうか、祝いの言葉だな。 「おめでと。で、なに」 招待状がもうすぐ届くはずだ。さ来月の25日なんだけどな、空けといてくれ。披露宴に出席してくれ」 荻野はタバコに火を点し、灰皿を引き寄せた。 「はああい?」 何ですと? 「いや、ま、彼女にはお前のこと親友だって言ってるからさ、友人代表としてな?」 どののツラ下げて言ってんだこののバカ。 「けッ友人代表って、俺じゃなくても澤田とか吉岡とか沢渡とかがいるじゃないかよ」 「悪いな」 「欠席だ。仕事で欠席だ」 「却下」 言ってしまえば、荻野は所謂俺の元彼。 で、結婚するからと言う理由で俺が振られた。 「澤田と吉岡と沢渡にも言ってあるから、余興考えとけよ」 は? 「スピーチなり、なんなりと」 はあい? 「あからさまに嫌な顔しなくてもいいじゃないか」 嫌なんだよ。わかるだろうが。 「あ、いや、オーソドックスな披露宴をするんだな・・・って」 そんなことを言いたいんじゃなくて、式に出る義理はないってこと。 「先方がな、古いんだよ。結納金に貯金ほとんど取られちまったよ、つーことで、祝い金奮発してくれな」 ああ、うわさの彼女ね。金持ちのぉ嬢だから仕方がねぇよ。 俺は飲み終えたコーヒーの紙コップを握りつぶした。 「あつかましいことで」 「あ、それと、お前2次会の幹事な」 「は?」 「彼女の友人が会場とかも抑えてくれているらしいが、俺のほうからも友人を一人差し出せとな。まあ、そういうことだ。よろしくたのむわ」 「よろしく頼むわって…そんな自分勝手な…」 そういってクリアファイルを差し出す。 「二次会出席予定者リストだ」 渡されたリストには幹事のところに俺の名前が入っていた。 「ギャラよこせよ。お前にボランティアでこき使われる義理はねえんだからな」 別れた恋人にこの仕打ちかよ。俺が何をしたって言うんだ。 「けちけちすんなよ、俺とお前の仲じゃねえか」 「ざけんなよ。俺はお前と『お手て繋いでチィパッパ』ってお友達するほど心は広くねぇし、するつもりもねえんだよ」 握っていた紙コップをゴミ箱に放り投げ、俺は喫煙スペースを後にした。 部署に戻った俺を待っていたのは荻野の口から出たスピーチの澤田と吉岡と沢渡の連続メールだった。 俺と荻野を含め同期5人は何かとつるんでいた。 入社当初は同期が本社勤務R&D含めて30人程いたのに4年たった今では7人ほどになってしまった。外資系は出入りが激しいと聞いていた。異動も頻繁であるが、大学を卒業して内定をもらったこの会社に入社したから、ほかの会社の社風なんてものは想像と情報として伝わっているものしか知らない。 俺の中ではこの会社がスタンダード(基準)となっている。 狭い社会だ。 >>>>荻野の披露宴、どうするよ >>>あいつに先越されたよなー >>スピーチなんざ誰も聞かないよなあ。 >長渕でも歌っとくか? 連中は一応は祝ってやるようである。 俺には祝ってやるつもりも無い。 そりゃぁ、この不毛な関係がいつまでも続くとは思っていなかったが、こうもあっさりと結婚を決められてしまってはどうにもこうにもいかないのだ。 適当でいいじゃない? 俺はそう返信した。 入社した当初は友情だった。 新人研修のときに宿舎が同室だったのと、同じ所属ということもあってすぐに打ち解けた。住むところも近かったせいもあるし、仕事への考え方も似ていたからでもあった。 えー何そのさめた返事。お前荻野と仲良かったのに。 あ、さてはお前、やっかんでるな やっかみだったらいいのにな。 俺たちの関係を知らない人間にわざわざ知らせることも無いだろう。だからそういうことにしといてやる。 まあな。 俺はそう返信した。 結局退社後皆で落ち合うことになった。 傍にあるホテルのバーで。 外資系のホテルの地下にスポーツバーがある。 プロ野球シーズン中は地元の球団を中心で、それ以外はサッカーなどをプロジェクタや、大きな画面で観戦できるようになっている。この店の売り物はノーチャージでハーフパイントのグラスでギネスやキルケニー、レーベンブロィなどこだわり無く色々なビールが楽しめる。俺の好みは甘めのキルケニー。 6時の開店から1時間はハッピーアワーでドリンクがすべて半額になる。 ここぞとばかりに駆けつけ一杯ならぬ2杯は必ず飲む。 「先に飲んでるぜー」 客がまだ入っていないバーの奥でグラスを掲げて沢渡が俺を呼んだ。 「吉岡は7時だってよ。澤田はもうすぐ出てこれるって」 「じゃ、先にやっときましょうかね」手を振ってバーテンを呼び寄せた。 すっかり顔なじみのバーテン。 「こんばんわ」 「えーとね、キルケニーとフィッシュアンドチップスのチップス大盛りとタルタルソース大めと、ケチャップも」 すかさず沢渡がオーダーを入れる。 「あ、何でもいいからサラダもお願い。野菜不足なんだ」 「芋も野菜やん」 「俺はドイツ人じゃないから」 「やっぱチキンサンドも」 「はい」にっこりと笑ってバーテンはオーダーボードをテーブルの横にかけた。 「よく食うな〜」 「腹減ってんだよ」 「まあ、そりゃそうだよな。毎日ちゃりんこで通ってるんだもんな」 この店に来るといつもおまけをしてもらう。裏メニューとか。 裏メニューは例えばタンドリーチキンだったり、やきおにぎりだったり。 店長が気さくな人で、応援している地元のプロ野球チームが勝つと、サービスをしてくれる。 「あいつが結婚だぜー」 「荻野か」 「俺らの中で結婚といえば今は荻野しかいないやん」 「まあな」 「先越されたよなー」 「はは」 「なんだよ、その乾いた笑い」 「そういうお前も今はラブラブなんだろう?」 「ラブラブって…お前親父くさー」 「はあ?」 「まあ、らぶらぶ?なのかな?いまいちわかんないよ。でも、いまさ、別の子にもらぶらぶなのー」 「お前が二股か?」 「ちがうよ、そんな不実な事しないって。あのさ、にゃんこが来たの。かわええねん、もうめっちゃかわええねん」 とか言いながら、コイツが至極らぶらぶな生活を送っていることを知っている。 相手が誰かというのは知らないが。 「さよか」 「しかしよ〜吉岡はともかく、澤田の奴おそいよなあ」 呟きながら沢渡はフライドポテトをぱくぱくと食べている。 「メール入れてみようか?」 携帯を取り出し、フリップを空け、メールの画面を呼び出した。 「え、携帯にか?」 「いんや、社メール(会社アドレスに送ること)、仕事に遅れるときなど、上司に直接メールで送ったりしているからな」 「ええなあ」 念のために俺は私用メールは送信受信ともに即効削除している。俺のメールボックスを見るような奴はいるとは思えないが。 社員のログチェックをしているとかしていないとか、まあ、人件費莫大にかかるとの話もあって、していないほうだと思うが、今のところ度を越しているわけでもないし、必要に応じてという事もいえるので、者のほうとしても黙認している節がある。 まあ、残業中にエロサイト覗いている奴もいるけどな(俺の上司とか)。 「誰でもやってるだろうが。ちょろっとインターネット見たり、社外の友人と連絡取ったり…」 「俺の部署は出来ない」 唇を尖らせる沢渡。 しぐさの一々が可愛い。 「ああ、そうか、お前は開発だもんな、社内メールはつかえても社外メールは無いか」 「何年か前にあったんだってよ、開発の人間で開発資料を間違えて社外のぜんぜん関係ない人に送信しちゃったって言うケースがさぁ」 「それって俺らが入社した頃じゃないか?」 「だと思う。その時は受信した人が真面目でいい人だったんだろうな、心当たりがないとメールを返してきたらしいよ」 「でも、顔面蒼白になるよなあ。もし、コンペティター(競合会社)とかだったらと思うとなー」 「ぞっとするよなー」 俺は製品企画部国内業務課勤務で、沢渡は研究開発BC基礎材料チーム所属で実年齢が一番下である。俺たちは大卒だったり、院卒だったりはたまた高専卒だったりする。同期で一番年上が湯浅と言う出世頭、俺と同じ部だけども、すでに海外業務課の主任で、その次が荻野だった。吉岡と澤田は俺と同じで4年卒。 湯浅は荻野の結婚式あたりは海外研修と重なっているとのことで、欠席ということになっている。もっとも、同期としての付き合いはあれど、俺たちのような友達づきあいはほとんどないに等しい。 そして、最年少の沢渡は俺たち同期の中でも弟分でまとめ役である。 程なくして澤田がよれよれの風体で店に入ってきた。とてもこのホテルに入れる風体じゃない。 「何お前そのよごれっぷり」 「うるさいなー」 「ま、すわれすわれ」 「参ったなー、出掛けにさあ、ジャンに捕まってよ、なかなか開放してくれねえんだもんよー」 上司を呼び捨てに出来るのも外資系ならではで、ほとんどがファーストネームで呼び合う。 時々○○さんと呼ぶ人もいるが、日本語の「さん」が気に入ってるのだとか。英語でみミスターやミスもしくはミズ、ミセス特別つけずに済むから「○○さん」は非常に合理的だという。 澤田は座るなり大声でビールを頼んだ。 「あ、ギネスね」 目をきらきらと輝かせてさもいい企画だといわんばかりに沢渡が力説し始めた。 「あ、荻野の結婚式な、考えたンやけど、「てんとう虫のサンバ」はどない?普通は新婦の友人で女の子が歌うンが当たり前やと思うけど、どうかな?」 「友人代表で男だけで「てんとう虫のサンバ」かよ、沢渡、お前ろくなこと考えねえな」 「ええやんかー」 「まあ、奇をてらってることはたしかだな」 俺はふくれっつらの沢渡の頭を撫でてやる。 澤田はビールを飲み干し、泡のついた口元を紙ナプキンで拭い、一息入れて聞いてきた。 「先方のお嬢さんはどういう人なん?」 知ってる。 俺はずっと前からあいつが二股掛けてて、俺と会うときは必ず彼女の残り香を身に纏っていた。深夜に酔っ払った振りで俺の部屋に乱入してくるときも。 「さあ?」 「え、あの子だろ?カスタマーサービスの可愛い声の子」 「あ、もしかして『チヒロちゃん』だろ」 それを知ったとき、よりもよって俺と同じ名前かよ。って思ったよ。 奴のうわさを聞いて俺の足元からすべてが崩れ去ったんだからな。 夜のベッドで間違えて名前呼んでも誤解されることなんてないもんな。 色々甘いことを囁きながら俺は予行演習代わりにされたんだからな。 頭いいぜ。 まったく。 すっかりだまされたぜ。 俺を抱きながら、女の名前を呼んでたってわけだ。 自分がかわいそう過ぎて情けなくって涙も出てこんわ。 結局荻野の披露宴の出し物はてんとう虫のサンバに決まった。 普通に歌うだけではあるが、通常ならばきゃぴきゃぴ(死語)した女の子が可愛く歌う歌なんだろうが、まあ、受け狙いということもありムサイ野郎4人で寒い歌を歌うことになった。 2次会も面倒なので、適当に女の子受けしそうなレストランを貸し切ってもらいそれで良しということになった。 まあ、全部沢渡が手配したんだけどな。 俺はというと、ご祝儀奪って逃げたい気分だよ。 続く。 2へ Stories Topへ 続くんです。ええ。
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