Samba de coccinelle
てんとう虫のサンバ



2

 厳かに恙無く式は執り行われ、披露宴へと場所が移り新郎新婦及び仲人が会場の入り口で招待客を招き入れていた。
 俺たちは新婦だけに挨拶をし、案内された円卓に座った。
 花嫁衣裳も白無垢から色内掛けに変わり、荻野に関しては紋付のままであるが、荻野も新婦、チヒロちゃんにしてもいいとこのお嬢さまということもあり、かなりの費用をかけての披露宴となっていた。司会もプロフェッショナルな女性で、絶えずBGMには生のピアノが流れている。
 2回目のお色直しで花嫁はウェディングドレスに、荻野は光沢のあるシルバーっぽいタキシードになっていた。
 入場と同時にキャンドルサービスの変わりにモエのピンクのマグナムボトルでのシャンパンタワーでのシャンパンサービス。
 こういう場は俺には縁遠いものだ。
 男同士で祝ってもらえる事なんてありえないからな。
 まあ、イギリスにでも行きゃ別なんだろうけどさ。
 うれしそうにウェディングドレスを着たスターがいたっけな。
 それにしても、嫌味ったらしく俺を招待しなくてもいいじゃねえかよ。
 しかし、荻野の白タキシード、似合うって言えば似合ってるが、なんかこう笑いがこみ上げるものがある。
「笑えるよなー。結婚はあこがれるけど、ピンクのタキシードや、白のタキシードは嫌だよなー」
 きしし、と笑いながら吉岡。
 沢渡はほろ酔い加減で頷きながら、「俺は紋付袴にあこがれるけどなー」などと笑っている。
「沢渡の紋付袴姿っていやあ、まるで七五三にしかなんぇだろうがな〜」
「よっしー!せめて成人式って言うて…」と自分が童顔な事を自覚している沢渡。
 二人のやり取りをぼんやりと眺めていると、澤田が俺に話を振ってきた。
「おまえは?」
 俺に結婚式の理想を振られてもなー。こいつらには公言してないけど俺って基本的にはゲイだし?同性結婚ってなモノが許されているわけじゃないからなー。
「別にないよ」
 たぶん一生しないと思うし。
「なんだよ、その返事。祝いの席に相応しくねえぞ。それにここんとこお前って妙に不機嫌というか、投げやりな感じだよな」
「そうか?」
「そうだよ」
「まあ、仕事がらみもあってな、疲れてんだよ」
 喜べるわけねーだろーがよー。
「まあ、こんな席にまでお前の不機嫌さを持ち込むなよ」
 しようがないだろ。嫌なんだから。 
「しかしさー。荻野の奴上手くやったよなー。可愛い嫁さん手に入れてさー」
「あいつは要領の良い奴だからな」
「それはいえてるな」
「そう考えると、お前が一番要領が悪い男だな」
「うるせえよ」
「沢渡は甘え上手、よっしーは世渡り上手の日和見さん」
 歌うように口にする澤田。
 自分でも分かってるよ。
 要領が悪くて、もう少し性格を明るくすればとか、プラス思考でアグレッシブに仕事に取り組めたらとか、重々承知。
「だけど、お前は生真面目すぎて、優しすぎ。自分優先にすることなんてないだろう」
 メインの肉を切りながら話している澤田。
 シャンペンタワーに夢中な沢渡と吉岡に聞こえない小さな声で呟く。
「あいつはいつでもこの結婚をやめる気でいるぞ」
 え?
 俺、誰にも自分の性癖の事言ったことないのに。
「荻野から相談された。まあ、俺はヘテロだが、偏見はないよ。現に俺の上司だってそうだったし、留学時代の友人でいたからな」
「…」
 俺は知られてしまったことについての動揺を隠せない。
 フォークとナイフを握る手が震えてきた。
 まるで頭を殴られたみたいだ。
「すまん、こんなところで言うことじゃなかったよな」
 申し訳なさそうな澤田に対して俺は言葉が出ない。
「いいや…」
「この結婚はあいつなりに苦しんだ結果なんだよ」
 ポツリとこぼしたその言葉に俺は引っかかりを感じた。
「俺に何が言いたい」
「お前が苦しんでた様にあいつも苦しんでたってことだ」
 荻野が俺のことで何を相談したかは知らないが、澤田は今までそ知らぬ顔して俺の前にいたことに対し、俺はなんともいえない怒りを覚えた。
「ああそうかよ」
 突っぱねた調子で冷静さを保とうとする俺に対し、澤田は落ち着き払った様子で淡々と料理を食べている。
 何で俺が悪者なんだ?
 浮気されて、子供が出来て責任取らなきゃいけないから「はい!さよなら!」って言われたのは俺なんだけど。
 暫くボーとしたままの俺は自分たちのスピーチの時間が近づいていることを忘れていた。
「行くぞ」
「え、ああ」
「では、新郎友人代表でスピーチお願いします」
 司会の声で俺たちは起立をし、気品席に向かってお辞儀をし、仮設(しょぼい)ステージに出た。


「えー、新郎荻野君の友人1号澤田と申します」
「2号の松岡です」って本当に二号さんだったんだよ。と寒い突込みを心の中で自分で入れる。
「3号の吉岡でっす」
「4号の沢渡です」
「えー、本来ならば真面目にスピーチと行きたい所ですが、長くなりそうなのと余計なことを言わないようにするために歌を捧げます!」
「てんとう虫のサンバ!」
「ほんまやったら可愛い女の子が歌うもんやけど、まあ、俺らで我慢してください」
「それでは野太い声でお届けいたします」
「せーの!」
 1号澤田はクールな感じで。
 2号の俺は最初はクールな感じでということだったが、今の俺にはクールを通りこして「柄の悪そうな」になっている。
 3号吉岡はオーバーアクション気味にコメディアン風に。
 4号沢渡はジャニーズアイドル風に。
「有難うございました。新郎、誠一さんのお人柄がうかがえる個性豊かなお友達でした。皆様同じ会社の…」
 アナウンスが続く中、俺たちはそそくさと自分たちの席に戻った。

「うわー、めっちゃ緊張したわ」
 沢渡がテーブルにつくなりタンブラーに入っていたビールを飲み干し、横に座っている吉岡は沢渡の頭を小突いた。二人のやり取りはいつも兄弟のようでほほえましいものだったが、とにかく今の俺には二人のやり取りを見て微笑む余裕はない。
「何を言うてんねん。お前が一番のってたやんか」
「なあ松岡、お前ヤンキーやったんか」
「…」じゃかぁしい。
 俺はわんこ二匹を睨み付けた。
「うわ怖ぇ」
 本当に「怖い」と追ってるような口ぶりではないが、
「コイツな緊張のあまりひきつっとるんや、そっとしとったれ。な?」
 余りにも無邪気な沢渡と吉岡をにらみつけた俺に対し澤田はすかさずフォローを入れてくれる。
「胃が痛ぇ」
 うらむぜ、澤田。
 お前の言葉がなければ何事もなくすべて恙無く終わらせることが出来たのに。

 花嫁の両親への花束贈呈も終わリ、披露宴は終わりを迎えていた。

 絶望感て意外とないもんだな。

 あ?

 絶望してたのか?俺。

 「結婚するから別れよう」そう言われて俺は素直に頷いた。同姓同士なんて先が見えない。軌道修正が出来るのならそれにこしたことはないし、ましてや凝り固まった思想を持つ人間が多い日本で暮らしていく以上、どこかで妥協は必要でいずれはこうなる運命だったのだ。
 だから二股掛けられていたことに対して追求することも、縋ることもしなかった。
 俺にうるさい身内がいたならば保身のために同じ道を選んだかもしれないと考えた所為でもあった。
 幸いにも俺には口うるさくも結婚を進める両親はおらず、それぞれに新たな家庭を築きあげた両親たちは俺のことについてはあえて触れてこようとは思っていないらしい。
 ま、こういえば俺ってばかなり可愛そうな身の上か?
 十代で両親に捨てられ、 二十代で恋人だと思っていた奴に捨てられ、とどめに結婚披露宴招待状を送りつけられる。
 そして、友人代表として二次会の幹事。
 まあ、普通はもっと落ち込むよな?
 端から諦めていたこともあるのだろうか、それとも俺のどっかが壊れていたのだろうか。 
 気がつけば新郎新婦は退場し、入り口が大きく開かれていた。
「松岡、何をぼけっとしとん」
 自分の座っている円卓の中央に置かれているピンクの薔薇に視線を固定したまま俺は固まっていたらしく、不意に沢渡が俺の顔を覗き込んできたので我に返った。
「いや」
「ほな行くで」
「ああ」

 渡された引き出物はずっしりと重く、どこかに捨てて行きたい気持ちになった。
「引き出物な、めっさ笑かしよるで」
 沢渡が引き出物の紙袋から30センチ四方の薄い箱を取り出した。
「さっき見てんけどな、でっかい皿の真ん中に荻野とチヒロちゃんの写真やねん」
 捨てて帰ってやる。
「うわ、嬉なーッ!」
「どない使えって言うねん」
「なんかなお嫁ちゃんのご両親が用意したらしいで」
「いややなー。これ、もらって嫌な物の1位や」
「よりにもよって写真かよ…」
 決定。
 捨てて帰る。
「今時貴重な引き出物つーか、バブリーな披露宴やったなあ」
 これ見よがしに、俺にあてつけたのかどうかは知らん。俺もそこまで自意識過剰じゃないと思っているが、この披露宴には辟易した。
「帰りてぇ…」
 両腕に子泣き爺ぃがぶら下がってるぐらいに重たい。
 左手に下げているのは引き出物が入ったホテルのバッグ。右手には二次会で使う物品。ビンゴとか、司会の衣装とか。
 俺は重たい腕をだらりと前銃身にたらしながら歩いていた。そんな俺の姿を見て沢渡と吉岡が笑う。
「松岡…爺くせぇぞ」
「つーか、力石みたいになってるよ」
 沢渡…お前幾つだよ。あしたのジョ○なんて…
 ああ、背中にも一匹子泣き爺ぃが張り付いているようだ。
「二次会終わったら思い切り飲もうな?」
 澤田は俺の背中を叩く。
「そんな気分じゃねえよ」
 お前の爆弾発言の所為で俺の気力は萎えに萎えきっているよ。
「まあ、そう言うな、俺がおごってやるよ」 



つづく。

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