Samba de coccinelle
てんとう虫のサンバ



3. 

 BGMはお店の人がすべてを行ってくれ、立食形式でカジュアルな雰囲気で楽しげに二次会は幕を開いた。
 会費形式で女性からは5000円、野郎からは6000円を出してもらい、ご祝儀は受け取らないということで、徴収した会費から花束代を捻出。
 貸しきってもらったレストランは俺たちが行きつけのバーと同じ系列で評判のイタリアンレストランだった。
 石釜で焼かれたピザが評判の店。
 女性の評判よろしく、ハウスワインもなかなかに上手いものだった。
 ビンゴゲームの間中、俺と沢渡とで次のゲームの準備していた。吉岡、澤田の命令で、新郎に罰ゲームが当たるようにしろとの事。
 沢渡と俺が好き勝手にくじの中身を書く。そして罰ゲームの仕込みは紙コップに入ったビールをストローで飲むことで、その中の一つにはタバスコ入りになっている。
 3組9名が挑戦することにしていた。
 罰ゲームの内容はばかばかしく、@くじ引きで決まった相手にキスA一発芸を披露Bチャイナドレスを着る(メイクつき)C暴露話を一発Dメイドコスプレ 等。チャイナドレスとメイドコスプレは澤田の趣味らいしいが、お約束としては野郎に当たるようにしている。
 ビンゴゲームの商品は俺たちの会社からの持ち出し品で、社販で購入したスナック菓子の詰め合わせとか、台所洗剤、洗濯洗剤などでこれが重たかった。子泣き爺ぃのように… 
「さて、次のゲームですが!二五〇CCの紙コップに入っていますビールをストローで飲んでいただきます。もちろん全部飲んでいただきたいところですが、急性アルコール中毒になられても困るので、タイムトライアルといたします。時間は5秒です!一番の方には当社自慢の脂ぎれと水切れの良さと除菌も出来ちゃうこれを!以って帰っていただきます」
 澤田の手には緑色の台所洗剤。
 「そして、飲んだ量が一番少なかった方と、メキシカンもびっくりのタバスコ入りのビールを飲まれた人には罰ゲームが待ってます!あ、タバスコ入りの方は知らん顔できたら罰ゲームを免除いたしますよ!」と掲げたのは罰ゲームのお題入りのアクリルケース。
 タバスコ入りのビールは荻野に当たる手筈になっている。だけど罰ゲームのお題はどれが当たるか分からない。
 ランダムに選ばれた挑戦者たちと、お決まりの新郎吊るし上げ。
 2回目のゲームのときに荻野にタバスコビールが当たった。
 荻野は唐辛子を使った辛いものが食べられない。
 メキシコ料理も苦手。
 エスニックはベトナムがぎりぎりセーフ。
 タイ料理は涙を流して食っていた。
 カレーは王子様。
 甘いものが好きで、糖尿病予備軍と俺たちは揶揄っていた。
 そんな荻野はタバスコビールを口にして涙目になっていた。
 そんな様子は皆に受けていたが、本人は死ぬ思いだったんだろう。氷水を一気飲みして暫くは口を閉じることが出来ず、ひーはーと繰り返していた。
 「おめでとう。罰ゲームだよ」と沢渡が氷水のお変わりを荻野のが手にしているグラスに注いだ。
「お前らが仕組んだんだろうが…」
 恨めしそうな目で俺たちを睨み付けるが、口の中が相当に熱いせいか、なんとなく呂律が回っていない。
「今日ぐらい苛められてろよ」
 吉岡がニヤニヤと笑いながら荻野の背中を叩く。
「いってえな」
「ふふふふふ」とこれまた笑いながらアクリルケースを差し出す。
「おお!新郎に罰ゲームです!これは二次会出席者独身代表として私が怨念をお送りいたします!」などとわけの分からないナレーションを続ける吉岡。澤田のテンションを上行くハイテンション。
「今日の主役が罰ゲームかよ…お前らが考えた罰ゲームってどうせ下らんのだろうよ」
 背中を丸めていじけている。
「それでは!新婦のチヒロさんに新郎の罰ゲームを引いてもらいましょう!」
 吉岡は新婦チヒロ嬢の前にアクリルケースを差し出した。
 レストランのスタッフの計らいで彼女がくじを引き当てるまではドラムロールが鳴り響き、引いた瞬間にファンファーレが鳴り響いた。
「新婦チヒロさんが引き当てました新郎の罰ゲームはっ!」
 ここでまたドラムロール。
 折りたたんでいた紙を広げた澤田の顔が一瞬引きつった。
「ヤンキー松岡君とキス」
 トーンダウンした声で発表。

 は?

 荻野の罰ゲームだよな?
「何で俺が荻野とキスなんだー!」
「あ、それ俺が書いたの」との舌を出す沢渡。
 呪ってやる。
「お前俺になんか恨みでもあるのかよ」
「ないよ?だけど、なんかけんかしてるっぽかったから仲直りしてもらおうとね?」
 「ね?」って小動物のように可愛く小首傾げられてもな!
「何で俺が罰ゲームっ!」俺は司会のテーブルを叩いた。
「まあまあそんなに憤慨しなさんな」吉岡が俺をはがいじめし、澤田がすっかり暴れん坊の俺を宥めに入る。
「吉岡…お前もか…」バッカスお前もか…
「客が引いてる。抑えろ、松岡!どうどう!」
「後で覚えとけよ」俺の体を固定させる吉岡から離れ、服装を整える。
「うひゃあ」本気で怒っている俺にどこまでもおどける吉岡。この男は冗談を冗談で通し、本気を冗談にするような奴だ。
 こうなれば開き直るしかないだろう。
「で、キスはどこに?」
「そりゃもちろんマウスツーマウスだろうが?」
 そんなやり取りをしている間に外野は盛り上がっていた。
 ぴゅーぴゅーと口笛が聞こえ、女の子たちはベストショットと言わんばかりに携帯電話のカメラやデジカメを構えている。
 あーそーかい。
 ならやってやるよ。
 開き直った俺は自分でも怖い。
 目が据わったままだろう。
 荻野の上着の首の後ろを引っ張り映画とか舞台のキスシーンのように、荻野の頭を右手で抱えて左腕で思い荻野の体を支えた。
 そして、目を見開く荻野を見ながら噛み付くようにキスをくれてやった。
 外野は「いいぞー」とか、「きゃー」とか適当に騒いでいる。自分でも怖いくらいに開き直っているので怖いもの無しなのだ。
 二発目は舌を入れての熱いベーゼ。
 俺もかなり悪乗りしてるよなあ。
「皆様、カメラに収めましたでしょうか?」などと吉岡は済ました顔で司会してやがる。
 長いキスを終えた俺は「ごっそさん♪」と笑って見せ、とりあえずよだれを拭う真似をした。 「な、」にっこりと笑う俺に対し、荻野の動揺は面白いまでに表面化していた。
 唾液で濡れた唇は震え、目は大きく見開かれていた。
「幸せになれよ」呆ける荻野の胸をかるく叩き、俺はカメラマンの沢渡に「今のん、写真取ったか?」とすぐに視線を荻野から外した。
「ばっちしや。ほれ」と沢渡は乾かしていたポラ写真を澤田に見せた。
「よっしゃ、これはお嫁さんにやな、万が一にもコイツが要らん事しよったら、これ使うて脅したらええ」 「わははは」荻野は口元を引きつらせながら笑っている。
「ええ、了解しました」
 新婦チヒロ嬢は体育会系のノリと信じているようである。
 幸い。

 俺は何とかその場をやり過ごしてトイレに逃げ込み、洗面台に顔を突っ込み口を漱ぎ、何度もペーパータオルで唇をぬぐっていた。
 覚えていてはいけない感覚。
 忘れなければ。
 トイレで同じ事を繰り返している間に、荻野が入ってきていた。
「そんなに嫌かよ…」
「…」
 嫌だったのはお前のほうだろうが。あんなに固まるとは思わんかったな。
 俺は荻野を睨み付けまた口を濯ぎ始めた。
「最後の最後まで可愛くねえんだもんな」
 荻野はシンクにもたれてタバコに火をつけた。
「男が可愛くしてどうするよ」
 女じゃないんだから。
「沢渡みたいに可愛く」
「ありゃ性格だ」
「お前も昔は可愛かったのにな」
「昔は昔だ。今は今」
「ほんっと可愛くねえな」
 荻野の手が俺の顔をとらえようとするが、俺は素早く手で払う。
 ふと目に留まったのは荻野の右手薬指に銀色に輝くの指輪。
 俺だけのものではなく、他の人のモノになったという証拠。
「さわんな」
 睨み付けると、そこにはいつもの自信過剰気味な笑顔がなく、悲しげに俺を見つめる男がいた。
「それでお前は俺を忘れることが出来るのか」
「は?」
「俺はお前を忘れることなんて出来ない」
「なんだそりゃ」
 荻野の思いもがけない告白に俺は呆れてしまった。
「でもまあ、ここら辺がひきどきなんだろうな」
 独り言のように呟いているが、俺を見つめる目は真剣だ。
「はあ?」
「俺は恋人としてお前に焼餅焼いてほしかったよ」
「出来ちゃった結婚する奴が何をあほなこと…」
「まあ、そうだな」自嘲するが、何か言いたげに俺を見つめ 「じゃあ、最後に」と俺の頬にタバコを人差し指と中指ではさんだまま触れてきた。
「最後に?」
「チヒロちゃんを抱いても俺の腕の中にはいつも『智広』だけだった。名前を呼ぶのも彼女の向こうに『智広』だけだった」
「純真な女の子腹ましといてよく言うよな」
 身勝手な荻野の告白に俺は形容しがたい怒りが込み上げてきた。
「1000万円の慰謝料と引き換えに子供を引き取る事になっている。離婚は子供が乳離れした頃だ」
「はい?」
 何を言ってるんだこの男は?
 寝言は寝てから言え。
「これは彼女から言い出したこと」
「でお前はその契約に乗ったって事か?」
「そうだ。まあ、彼女にも彼女なりの事情ってのがあるんだよ」
 それは契約ででもいいからお前と結婚したかったってことだろうが。
「でも彼女はお前のことが好きなんだぞ?」
 彼女の荻野を見る目は切なげだった。
「……」
「薄情なことするんだな」
「お前がそれを言うのか?」
 俺の腕を掴もうとしてくるが、叩き落とした。
「わるいか?」
 苦虫を噛み潰したような顔で俺の襟ぐりを掴んできた。
「俺はお前に反対してほしかったさ。詰め寄ってほしかったさ。だけどお前は「そうか」って一言で別れを決断したんだ」
「孕ませちゃったもん、お前が先に」
 「彼女が妊娠した」ってくだりがなければ少しは反対したかもな。だけど、お前の子を生むことが出来る女に俺が何を言える?
 何度も考えたさ。俺だって子供が産めたらなって。
「ああ、俺の失敗だよ。人生で最大の失敗だよ!汚点だよ!」
 くそ!
 荻野は大声で俺に罵声を浴びせるがなきそうな表情で俺の頬に触れてこようと手を伸ばしてきた。
「ちひろ…」
 俺は届かないように一歩だけ後ろに下がった。
 チヒロという名前ではもう振り向かない。
「お前が俺の名前は便利と言ったのはこういうことだったんだってな。恐れ入ったよ。結局お前は「あなたの知らない世界」に興味があっただけなんじゃねーの。そんでもって体のいいダッチワイフ代わりに出来てゴム無しでも妊娠しねーもんな。電話一本ですぐにエッチできて金もかからないもんな。案外彼女妊娠させたのは計算だったりしてな?図星だろう」
 荻野が何も言い返せないように俺は矢継ぎ早に怒りに任せて言葉を繋ぐ。
「ち…」握りこぶしを震わせながら荻野は俺の名前を呼ぼうとするが俺が吐き出した言葉の刃に怒りがこみ上げているようだった。
「もう、どっちとの付き合いが先ってのは関係ねぇ。お前が二股かけてたのは事実やしな。わざわざ女孕ましたから別れてほしいなんて回りくどいことせんでも、『ごめん、やっぱり普通に家庭を持ちたいんだ』とか、『やっぱり女がいい』って素直に言やぁいいものを大枚叩いて大掛かりな芝居打ちやがって、お前はバカか?」
 俺の呟きに荻野は言い返すことが出来ないようだ。
「良かったじゃないか。軌道修正できて。これでお前も普通に暮らせるんだよ。きれいな嫁さんもらって、多分かわいい子供が出来て。絵に描いたような幸せそうな家庭をもって、「ホモ」だって後ろ指刺されることなく世間体に煩わされることなく、そして出世街道まっしぐらだな。あーうらやまし」
 うらやましい。
 誰からも祝福される事がうらやましい。
「しあわせにな」
 俺は一言残してトイレを出た。 
 俺の純愛を踏み台にしたのだから祝いの言葉を紡ぐのは苦痛だったが、何かを言わないといけないと思い、つい口から出たのがこの言葉だった。
 剣呑な表情のままトイレを出たところで吉岡がごみ袋の口を縛っていた。
「お前ー、あんなに乗ってたのにそんなにいややったん」
「当たり前だろうが」
 うれしいわけないだろうが。
「ゲームは終わったン?」
 きょろきょろと辺りを見回すと、会場には人がまばらになっていた。
「ああ、終わったっつーか、二次会も終わったよ」
 だからか、荻野が便所に入ってきたのは。
「で、お前どうするよ?俺らは次ぎ行くけど?」
「あー悪ぃ、俺帰るわ。さっきので胃の中のもん全部出したから気持ち悪くってな」
 胸のあたりをさすってみせる。
「あー、ごめん…」しかられた子供みたいに沢渡がシュンとしていた。
「あーもー気にすんな。一晩寝たら直るよ」
 だるそうにしていたら澤田が俺の首に腕を回してきた。
「ちゅーことで俺は清算済ましてからこいつを送っていくよ、荻野によろしくな」
「うん」
「ほな」
「おやすみ〜」
「おう」
 店の入り口で残りの人間を見送り、店の店長にお礼とお詫びをし、清算を済ませた。
 おつりがいくらか出たが返すつもりもないので自分の上着のポケットに入れた。
 店の時計を見ると9時半。
 俺は澤田の上着のすそを引っ張った。
「なあ、奢ってくれるんやろ?」
 目が据わったままの俺に澤田は半ば呆れたように
「お前、気分悪いんとちがうんか」
「け」機嫌はすこぶる悪いけどなぁ。
「まあ、いいか、俺も悪かったしな。いい店に連れってたるよ」とか言いながら財布の中身を確認する。
「ゆっくりと飲める店な」
「それはもちろん」
「自棄酒させて…もらうな」
「詫びにボトル奢ったる」
「シングルモルトのスコッチな」ちょっと高めの酒を言ってみる。
「アホ、バーボンじゃ、七面鳥で十分やろ!」
 ターキーね。悪くはないな。ボトルだったら。だけど、自棄酒をするにはバーボンは好きじゃない。それに、今夜は祝い事のあとだ。
「やっぱ、お祝いにドンペリで」まあ、冗談だ。
「あほ抜かせ」澤田は笑いながら俺の尻を引き出物のバッグで叩いてきた。
「あーりーがーとーなー」
 今夜はドンペリで乾杯だ。
 
   

 とりあえず終わり?

2へ   

   Stories Topへ

 別れた男の結婚式に出る。
 友人一同「天道虫サンバを」歌う。
 二次会で、べろちゅーかます。
 それで終わり。
 荻野は主人公に結婚をとめてほしかったんだよ。
 気づいてやれよ…  で、私が書く受さんは総合的に口が悪いですな。